2006年度平和ツアー 韓国・中国へ 全日本民医連 日本軍の残虐行為に驚き 憎しみ解く平和の決意
全日本民医連は九月に「平和ツアー」を実施、韓国コースに二一人、中国に一二人が参加しました。これは、特に青年職員が平和の大切さを学ぶ機会として、第三七回総会で決まったものです。また、韓国・緑色病院との交流、中国・平民病院の見学も行いました。
ツアーには、日本が起こした侵略戦争の傷跡を見るコースが設けられました。 韓国では西大門刑務所や独立記念館 を見学。独立運動に加わった韓国人を日本軍が拘留・処刑した跡を見て、日本の武力侵略と植民地時代の弾圧や略奪など、加害の歴史を学びました。また、在韓 米軍基地の反対運動が起きている温陽(オニャン)も訪問しました。
中国では、上海~南京を訪問。一九三七年に日本軍が住民を集団虐殺した南京では、生存者・常志強(ジョシキョ)さんから証言を聞きました。
両コースの半数が青年。中国や韓国で行った残虐な行為に驚き、平和への思いを深めました。
韓国
吉田好太さん
(東京・在宅サービスセンター
葛西・介護福祉士)
日本軍がやった拷問、爪に針を刺したり、熱湯をかけるなんて、本当にやったのか?人間のすることなのか? 戦争について実感がなかったので、強烈なショックでした。
韓国では歴史を小中学生に教えているのに対し、僕らは表面的にしか教わっていません。一方的に日本が侵略したのだから、非難されても仕方ない。でも、日本人がまず事実を知って、話し合えば歩み寄れると思います。知らないことは怖いと感じました。
韓国の米軍基地でも、流れ弾に当たって死者が出ました。危険地域に入って「やめろ」と言い、中止させる行動力はすごいと思いました。
三澤直美さん
(埼玉・熊谷協同病院・薬剤師)
日本が韓国にしたことのむごさにショックを受けました。日本の加害や韓国の反日教育は知っていました。でも具体的には知らなかった。
日本兵がやった無慈悲な弾圧や略奪の数かずを独立記念館で見ました。日本にいては知る機会のない事実です。以前、カンボジアに行き、ポルポトミュージア ムを見ました。日本が韓国人にした拷問は、ポルポトがしたことと、そっくりでした。
韓国の人の怒りは想像できます。ポルポトという対象(主犯)がない分、日本という国に怒りが向くようで、韓国の子どもたちが記した感想は、日本への非難、悪口がほとんどでした。
日本人が加害の歴史を封印するのでなく、原因をしっかり見て反省することが、日韓の良い関係のために必要です。
原爆被害を語り継ぐことは重要です。でも韓国人にとっては、日本は原爆の被害者というより加害者です。戦争の被害と加害について新しい視点を得たように 思います。職場の仲間には「次の機会にはぜひ」と今から話しています。
中国
清水将子(まさこ)さん
(埼玉協同病院・助産師)
南京大虐殺の生存者の常志強さんの話は衝撃でした。
日本兵に町の人が次つぎと殺され、逃げまどう中、目の前で両親と弟四人も殺されたのです。余りにも悲惨で、素直に「同じ日本人として申し訳ない」と感じました。
助産師として日々、親子の絆を見ている私は、その悲しみが身にしみました。
常さんは九七年まで、あまりの辛さに体験を人に話せませんでした。しかし、日本の右翼が「南京虐殺はねつ造だ」と言っているのを聞いて、「ウソだ。証言 しなければ」と語り部になりました。涙を流して聴く日本人に接し、日本軍のやったことは憎いが、日本にも平和を愛する人たちがいると知り、友好関係を築き たいと思うようになったそうです。すばらしい方です。
戦争をして得たものはありません。人の命を奪い、楽しい人生を台なしにしただけ。
出かける前は「中国人は日本人を快く思っていない」と感じていましたが、そうではありませんでした。日本の報道も問題ですが、偏見を植え付けられてはい けない。一歩ずつ歩み寄っていけるためにもこの旅で得たことを、多くの人に伝えていきたいと思います。
領田(りょうでん)由紀さん
(徳島健生病院・SW)
南京事件は活字では知っていましたが、目の前で、生存者の常志強さんが語ったことはすさまじいものでした。辛い記憶を掘り起こし、涙ぐみながらの話。何とも言えない気持で聴きました。
日本は何ということをしてしまったのか…。日本人として責任を感じました。
この事実を受け止め、歴史を背負って行かなくてはなりません。日本人が責任を果たすとは、戦争をしないこと、あのような行為を二度と繰り返さないことです。そのためには、いま憲法九条を守ることが一番大事なことだ、と強く思いました。
(民医連新聞 第1389号 2006年10月2日)