9条は宝 発言(14)平和だからこそ、歯科は人生を豊かにできる
今回は、松本歯科大学の笠原浩さんです。小児と障害者の歯科医療のため、大学や地域で長年尽力し、平和への思いから「九条の会・医療者の会」の呼びかけ人にも名を連ねました。
終戦前日にも空襲が
私の父親は田舎町の歯科医でした。歯医者が足りない時代でしたので、待合室は患者さんが大勢、何時間も待っている状況でした。そんな中、突如として「赤 紙(招集令状)」がくるわけです。「何月何日までに師団司令部に出頭しなさい」と。本人はもちろん、残される患者さんも大変でした。普通に働いている市民 が、たった一枚の「赤紙」で戦場に引っ張り出される。それが戦争です。父親は三回も戦場に引っ張り出されましたが、運よく生きて帰ってきました。友だちに は、二度とお父さんが帰ってこなかった人もいました。
軍需工場がある町だけでなく、織物工場しかない町ですら空襲に遭いました。しかも、終戦前日の八月一四日の晩です。町中が丸焼けになり大勢の方が亡くな りました。戦争はかっこいいなんてものじゃない。とんでもないものです。
九条で日本が得た利益
憲法九条があることで、いったい日本がどんな不利益を被(こうむ)ったというのでしょう。この六〇年間、戦争を放棄し、軍隊を持たないことで、他国に侵 略されたことがあったでしょうか。逆に、九条のおかげで、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争でも、日本人は一人も戦闘には加わりませんでした。戦争で殺さ れることも、他国の人を殺すこともなかったのです。九条があることで、日本はすごい利益を被っています。国際貢献が必要というなら、NPOなどでがんばっ ているたくさんの方がいます。軍隊より、ああいう人たちが現地の役に立っています。マスコミがとりあげないのが不思議です。
ものごとは素直に、実際自分がどういう利益を受け、不利益を被るのか、という視点から見てよいと思います。戦争をして得をするのはだれか? 一般市民ではありませんよね。
小泉改革でも同じです。普通の市民にとってどうなのかを見ることです。医療では、老人の自己負担は、昔は原則無料だったのが二割負担まできています。健 保本人も、かつての一割がいまは三割負担です。実際これで、患者さんは受診できなくなっています。
障害者は邪魔者扱い
いま医療は、多くの人に人生を楽しんでもらう方向に進化していると思います。かつては「生命に直接関係しない」と軽視されがちだった歯科医療も、おいし く食べられる、容貌が保てる、大勢の人と話せるなど、QOL(生活の質)を守る上で、大きな役割が果たせるようになりました。
小児歯科をずっとやってきましたが、七〇年代でも、子どもの虫歯は手間ばかりかかって儲からないから、「泣く子はお断り」という歯科がありました。まし て障害者を受け入れてくれる歯医者がほとんどなかったのです。私は小児歯科や障害者歯科の発展のためにずいぶんたたかってきました。国会にも行きました。 お母さん方や障害者団体と一緒に運動し、徐々に改善されてきましたね。
しかし、その方向と戦争とはまったく相容れません。軍国主義の時代には障害者は完全に邪魔者で、ナチス・ドイツでは実際に殺されてもいます。せっかく医 療がいい方向をめざそうとしているのに、また、昔のような、悪い方向にいってしまうのは、とんでもない。障害者自立支援法も障害者をまったく無視していま す。
歯科医療はますます発展すると思っていますが、それは平和でなければあり得ません。戦争を実体験している最後の世代として、これから医療を担い、日本を つくっていく人たちに、もう一度憲法を読み返して、九条の意義を分かってもらわなければいけないと思っています。
笠原 浩さん (歯科医師)
1937年、群馬県生まれ。1963年、東京の代々木病院歯科に勤務。1975年に松本歯科大学講師となり、小児歯科学講座のなかで、重度障害者の歯科 治療にとりくむ。1982年、障害者歯科学講座の初代主任教授に就任。松本歯科大学病院長、ロンドン大学客員教授なども併任。『子どもの歯』(新日本新 書)『入れ歯の文化史』(文春新書)など著書多数。現在、松本歯科大学新宿クリニック所長、長野県医療審議会会長。
(民医連新聞 第1380号 2006年5月22日)