9条は宝 発言(10) 戦前に生まれた私に残された仕事は…
今年四月に発足した長野・「しもすわ九条の会」の代表で、地元に開業する武井秀夫医師です。街角にある医院の前に「九条の会」ののぼり旗を立て、一軒一軒に署名を訴えて歩いています。
憲法九条を変え、日本を再び戦争する国にする動きを黙って見ているわけにはいきません。日本の宝である憲法九条を守り抜き、子どもたちに残したい。それが戦争で失われた多くの尊い命に対する鎮魂であり、世界から戦争をなくす道しるべになる、と確信します。
「しもすわ九条の会」は、今年四月に「憲法九条を守る」、この一点で一七〇人が賛同し、発足しました。町民過半数、一万筆の署名を集めることを目標にしています。
一人が一日に一人署名を集めれば
私の医院の待合室には署名や趣意書を置いています。「I Love 九条」と書いたペナントも壁に張ってあります。ベランダには「九条を守りましょう!」ののぼり旗を立てて、通る人にもアピールしています。
地域へも署名を取りに出かけます。「会」発足当初から、妻と二人で毎週土曜日に集めています。最低一時間、一五 軒は回る、と決めています。「憲法を守りたい」と考えているみなさんが一日に一人署名を集めたらどうでしょうか。その積み重ねが改悪を阻止する大きな力に なりますよ。政府の改憲の動きには、私たち一人ひとりが必死にとりくまなければ対抗できません。
訪問すると、みなさん「今日は何ですか?」と驚く人もいますが、日本が再び戦争する国になるかもしれない、九条を守る署名に賛同して下さい、と話すと、ほとんどの家で署名してくれます。
なかには「ミサイルが飛んできたらどうする。軍事力は必要」と言う人がいます。そういう意見にも耳を傾けることは大事です。「よく読んで考えて下さい」と「会」のパンフレットを渡し、再度訪問しています。
留守の家にはポストに返信用封筒と署名簿を入れてきます。「署名を埋めてきたよ」と、わざわざ届けてくれる人もいますよ。
医の原点と反戦と
医の原点は命を守ること、大切にすることです。疾病を治し生命を救おうという医者が、戦争に賛成することはありえません。「九条なんていらない」という医者はいませんよ。
私は、一九三二年に生まれ、日中戦争のさなかに育ちました。東京大空襲や沖縄戦、広島、長崎があり、敗戦を迎えました。悲惨な戦争を二度と繰り返してはいけない、と骨身にしみています。そのためには平和憲法を守ることが大事です。
地域住民の命と健康を守るため、私は環境問題にもとりくんできました。町に以前、ゴルフ場建設の話が出ました。そのとき一万数千の署名を集めて中止させました。
続けてダム建設の計画です。当初、反対した人は町でも一割ほど。それを七年間の運動でひっくり返しました。往診 車を宣伝カーに仕立て、孫も乗せて町中走り回りました。建設反対の新聞も作り、配り歩きました。ですから、誰がどこに住んでいて、ポストはどこにあるの か、だいたい分かりますよ。ダムは田中康夫長野県知事の誕生で中止になりました。
戦争は最大の自然破壊です。憲法九条を守ることは、戦前に生まれた私の残された仕事なのです。
(民医連新聞 第1370号 2005年12月19日)