日本軍遺棄の毒ガスで被害 中国チチハル 被害者が日本で検診
「気管支粘膜が荒れています。ぜん息児をのぞいては、まずありえない状態です。毒ガスの影響だと思います」藤井正實医師(芝病院)のCT検 査の説明に、馮佳縁(フォンジャイェン)さん(12)とお母さんの目から、こらえきれない涙がいくつも落ちました。「あの日まで佳縁は、注射ひとつしたこ とのない子だったのに…」。佳縁さんの健康を奪ったのは、第二次世界大戦で日本軍が製造、中国に遺棄した毒ガスです。八月六日、東京民医連は来日していた 中国チチハル遺棄毒ガス被害者六人の検診を受け入れました。(木下直子記者)
二〇〇三年八月四日、中国黒龍江省チチハル市の建設現場から五つのドラム缶が掘り出されました。中身は第二次世界大戦で日本軍が製造し、敗戦時に遺棄した猛毒・マスタードガス(※)です。このドラム缶と、缶からしみ出た毒ガスで汚染された土が、死者一人を含む四四人もの中国人被害者を生んでしまいました。
学校に汚染土が
来日した被害者の一人、馮佳縁さんは、校庭に積まれていた土で人形をつくっていました。その土は汚染されている と知らずに整地用に持ち込まれていました。二、三時間遊ぶと、足が赤く腫れ、水疱ができました。涙や鼻水も出ました。足の痛みは骨まで達し、ひと晩中眠れ ませんでした。翌朝、病院を受診し、即入院に。約三カ月入院しました。
二年経ったいまも、ヒモ靴は履けません。寒い日や暑い日にはすぐ足が腫れ、痛むからです。「冬、寒さの厳しい日 などは、『痛い、痛い』と、肉まんじゅうのように足を腫らして学校から帰ってきます」と、お母さん。毎日寝る前には足に熱いタオルをあてて暖めています。 風邪もひきやすくなってしまいました。
後遺症に苦しみつつ、治療らしい治療は漢方薬だけ。お金のかかる病院には、年一回程度しか行っていません。それでも漢方薬代に約一〇〇〇元かかります、これはお母さんの給与の半月分にものぼります。
日本政府に言いたいことは? と尋ねると、「被害者に謝ってほしい、賠償もしてほしい」と答えました。
補償を求める被害者
今回の被害者の来日は、継続的な医療ケアや生活支援などの補償を日本政府に求めるためのもの。
日本政府は、発見された毒ガスが旧日本軍の製造だと認めていますが、補償はしていません。「遺棄化学兵器処理事業にかかる費用」という名目で三億円を中国政府に支払い、中国人被害者にはその九割が分配されているだけです。
一六歳以上の被害者三二人のうち、二七人が仕事に就けず、五人が就労を制限され、一時的なお金では生活もままな りません。その上、心配なのは医療費です。医療保険制度が整備されていない中国では、民間の保険に入っていない限り、莫大な医療費が必要です。毒ガスの後 遺症は、根治療法が発見されていないうえ、進行性のため、継続的な治療が必要です。しかも被害者になってからは、民間保険にも入れません。将来の治療費の ために、分配されたお金に手をつけず、重い症状を抱えたままの被害者も多いといいます。
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内科、皮膚科、眼科と、検診は一日がかりで行われました。受け入れのお礼をいう被害者たちに「少しでも日中両国の関係を良くするお役にたてれば」と、代々木病院眼科の阿部穆医師。夏休みを返上して診察に協力しました。
「毒ガス被害の文献を見ましたが、いまは大丈夫でも、一〇年二〇年先のケアが必要になります。日本軍が中国に遺棄した化学兵器は、日本政府は七〇万発、中国は二〇〇万発と推定しています。日本政府がこれ以上の被害が出ないよう、しっかりした対策をし、補償をしないと」。
※旧日本軍の遺棄した毒ガス兵器の被害は、チチハル以外の地でも起こっている。マスタードガス(イ ペリットガス)人間が被毒すると、眼、皮膚粘膜、全身吸収中毒などの急性被害のほか、後遺症・進行性被害として、呼吸器や血液、呼吸器、消火器、神経、生 殖器、免疫システム、精神と全身に被害は影響する。
(民医連新聞 第1365号 2005年10月3日)
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