9条は宝 発言(7) 確実な安全対策は九条だから私は守りたい
今回は「九条の会」の呼びかけ人の一人で、「医療者の会」も呼びかけた加藤周一さんです。
チャップリンの映画に「人を一人殺せば殺人者だが、万人殺せば英雄だ」という皮肉を込めた言葉が出てきます。戦争は人殺しです。医療者が大切にしている生命が、戦争では何千何万人も奪われます。
憲法九条の「平和主義」の価値観のひとつは「生命の尊重」であり、医療と共通します。医療と戦争は結びつきません。
かといって、医療者であることは「戦争反対」と直結していません。それを現実に結びつけることが重要だと思うのです。ためらわず、あくまで生命尊重を言い続けることができたとき、医療者は平和主義者になります。
医療の発想を活かそう
平和問題について考えるとき、病気の症状と病因を考える医療の考え方を使うことは有効です。
イラク戦争で子どもが殺されている。それを止める努力は対症療法で、戦争自体の原因を取り除くのが根治療法です。両面の対策を考えることが医療者には可能です。
最近、中国で反日デモが起き、日本大使館に投石されました。この事件で、日本側は「ガラスが割れて損害が出た」という症状を、中国政府は歴史認識という病因を、問題にしました。原因に正対しない限り、何べんも同じことが起こります。
また医療者は、希望と現実の違いを見極めることも得意です。病気をどんなに治したくても、治るかどうか事実判断 をし、適切な対処をします。希望的観測だけで行動しません。戦時中、私は内科医として病院で働いていました。米軍が迫り東京も爆撃される状況で、ラジオの ニュースに、私は「来たか…」といったんです。すると同僚が「そういうのは敗北主義だ」というのです。「敗北の可能性が高いと考えるのは、敗北を望むのと は別だ」と反論しましたが…。
「九条」は戦争を予防する
病気は早く発見、早く治療するほどよい、予防するのはもっとよい、と医療者は考えます。医療は個人ごとですが、「予防衛生」は大勢の人を病気にならないようにできます。
戦争も始まれば面倒で、損害が大きい。戦争をしないのが一番です。
たとえば日中関係は、一九七二年に田中内閣が国交回復を果たした前と後で、ガラッと変わりました。
以前は、中国をソ連と並ぶ脅威とみなし、自衛隊を増強して、米国の最新式の高価な戦闘機を買いこんでいました。しかし、中国が脅威でなくなったのは、戦闘機のおかげではなく、外交の成果です。費用も東京と北京の運賃程度、軍備増強よりもずっと安あがりです。
そして最も確実な安全対策となるものが憲法九条です。だから私は九条を守りたいのです。
特に医師たちへ
日本の世論は割れています。どうしたらよいか。すでに「九条の会」を始めていますが、味方を増やすこと、賛同者を増やすことが一番です。
特に医師に提案したい。患者との一対一の付き合いを生かし、診察室でない場所で出会った患者さんに、九条の話をしてはどうでしょうか。
「九条を変えても良い」という人を前に、演説しても考えを変えることは難しい。新しい味方をつくるには、個人対個人で、それも一晩くらいかけなければなりません。医師はそれができる職業だと思います。
思えば、江戸時代には医者は学者や教師を兼ねていました。それは長い伝統としていまも共同体のなかに生きています。病気の話をして、ちょっと憲法の話もするというのは、学問と文化の歴史の味わいがあります。
一人でも二人でも九条を守る方に、人を変える仕事を医師がしてくれれば、とても心強い。その時間はまだあると思います。
加藤 周一さん
(医師・評論家・作家)
1919年、東京生まれ。東大医学部時代から文学に心を寄せ、医業のほか、上智大学や立命館大学、カナダ、ドイツなどの諸外国の大学でも教べんをとるか たわら、詩、文学評論、小説を執筆。『加藤周一著作集』『日本 その心とかたち』など著作多数。
(民医連新聞 第1364号 2005年9月19日)