医療倫理のはなし 実践編 産科悩ます胎児超音波検査「NT」ガイドライン作成 京都民医連中央病院
今回は、出生前診断にかかわるテーマです。産科医療がかかえる悩みに超音波検査によるNT(nuchal translucency)※の取り扱いがあり ます。これは胎児の後頸部の皮下の液体貯留像のこと。この厚みに比例して、胎児の染色体異常、先天奇形の出現頻度が高くなると言われています。日常的に 行っていた超音波検査が、出生前診断の意味合いを強めてきたのです。京都民医連中央病院倫理委員会では、胎児超音波検査におけるNT「ガイドライン」をつ くりました。(編集部)
あたりまえの検査が出生前診断に
「出生前診断」は、出生前に胎児の状態を診断することです。代表的な検査は、羊水検査、絨毛検査、臍帯採血、母 体血清マーカー、超音波検査などです。安全な出産のため、出生後に必要なケアを予想するために行う、つまり分娩を前提に検査するものが、一方で、胎児の異 常を知り、それを理由にして人工妊娠中絶(選択的中絶)へつながる場合があり、それは倫理問題に発展します。
検査機器の性能の向上や、生殖医療の進歩が、あたりまえの検査に出生前診断の性質を持たせてしまったのです。当院では開設以来、出生前診断は行っていま せんでした。が、胎児の発育や羊水量を見るために行っている超音波検査で、NTまで「見えてしまう」ことが起こるようになりました。実際、NTで異常が指 摘された段階で他院に移り中絶を選択したケース、NTを指摘され確定診断のため羊水検査を行ったら異常がなかったため、妊娠を継続したケースがありまし た。
「NTを発見した場合、積極的に告げるのか、告げないか」。それまで出生前診断に関わることのなかった当院も、この問題に直面することになりました。産 婦人科医が、「独自の指針が必要」、とガイドライン案を提出し、議論を倫理委員会に要請しました。
自己決定権か生命の尊厳か
国内の関連学会からも、この件に関する指針は出ていません。出されたガイドライン案を前にしても、委員会の議論は、一度では終わりませんでした。
出生前診断の現状や、現場のまったなしの事例やスタッフの悩みとともに、「胎児の障害を理由にした選択的中絶は、障害者の否定につながること」など、倫 理的問題がいくつかあがりました。委員会が最も頭を悩ませたのは、「NTの詳細を知らせるべき」なのか、「知らせることが、『選択的中絶』に妊婦を誘導す るなら、知らせない」と判断するか…患者の自己決定権の原則と、生命の尊厳をどう保証するか、でした。
最初に基本姿勢知らせる
苦労の末に病院の「基本姿勢」とNT取り扱いのガイドライン(別項)を決めました。NTを確認する目的での超音波検査は行わないこと、妊婦が検査を求めた場合、他院を紹介することにしました。
基本姿勢は「安全安心の医療、患者様本位の医療、地域に開かれた医療を推進することを通じ、職員と地域の人たちがともに成長することをめざして医療活動 を行う」とうたった病院理念と患者様の権利章典、そして重度障害児への支援に大きな力を注いできた医療活動の歴史からも、「病気や障害を持っている人も 持っていない人も、互いの立場を尊重して生活することができる、共生可能な社会の実現をめざして医療活動を行う」、というものです。はじめに病院の立場を 知らせようと、患者向けの説明用紙もつくりました。ここには「出生前診断に関する当院の考え」、「NTに関する医学的情報の概略」も盛り込んであります。
病 床 数 | 300床 |
委員会設置 | 2003年9月 |
委員構成 | 委員長(大学教授)、副委員長2人(ジャーナリスト、当院精神神経科医師)、委員(内部…院長、副院長、臨床研修担当医、病棟師長、事務長、外部…医療系市民団体事務局長、健康友の会幹事、弁護士等) |
検討事項 | 倫理的判断が重要であった事例を取り上げ、外部の眼で事例を検討し、ガイドラインを策定する |
開 催 | 2カ月に1度 |
NT(nuchal translucency)
超音波検査で認められる胎児後頸部の皮下の液体貯留像のこと。透明に抜けた薄い帯状の像で、その厚さに比 例して胎児の染色体異常、心奇形、その他の先天奇形が出現する頻度が高くなると言われる。欧米では統計に基づき、染色体異常を中心とした先天異常のスク リーニング検査として普及しつつある。日本でも、今後急速に普及する可能性がある。しかし、その特徴が胎児に見られても、確定診断である羊水検査などの染 色体検査で本当に異常が見つかるのはそのうち約3割といわれている。 |
胎児超音波検査における NTの取り扱いについての方針 1)当院は選択的人工妊娠中絶、及びそれにつながる出生前診断に反対する。 |
(民医連新聞 第1361号 2005年8月1日)