9条は宝 発言(6) 医療者の良心にかけて 99歳 平和を語る
五月二〇日、全日本民医連理事会で、秋元波留夫さんが特別講演を行いました。
今、わが国は有事法制の制定、イラクへの自衛隊派遣など、憲法九条を蹂(じゅう)躙(りん)して、再び戦争国家への道を歩み始めています。
私は日本国憲法、特に九条はどうしても守らなければならないと確信しております。それは精神科医として、私の長い経験からの確信でもあります。
確信の根拠の一つは、治安維持法の犠牲者を襲った拘禁精神病(刑務所や拘置所などに拘禁されることによって生じる精神障害)の問題です。闇に葬られていた問題を明らかにし、犠牲者の復権に役立たせることが、当時を知る精神科医である私の責務です。
治安維持法のもと、特高(特別高等警察)から取調べという名の拷問、あるいは刑務所に拘禁された結果、拘禁精神病になり、松沢病院(現・東京都立松沢病院)に収容された人たちは一九二八年から七年間で二五人にのぼります。みなさん共産党員でした。
昭和三年には三・一五事件で、反戦団体の一六〇〇人余りが検挙され、徹底的に弾圧されました。この治安維持法は日本の侵略戦争の遂行に決定的な役割を果たし、戦争に反対した共産党員をはじめ、たくさんの良心的な人びとが犠牲になったのです。
私は精神科医として、拘禁精神病になった人たちを闇の中に閉じ込めてはならないと思います。
弟が見た地獄絵図
確信の二つ目の根拠は、私の弟である寿恵夫(故人・民医連の医師でもあった)が関与する七三一部隊が犯した戦争犯罪です。寿恵夫が七三一部隊で見たものは、想像すらしなかった地獄絵図でした。
この部隊には日本医学のエリート研究者が集められました。そして、憲兵隊がさまざまな名目で逮捕した中国人、朝 鮮人やロシア人などを丸(マル)太(タ)と呼び、細菌兵器や毒ガスの効果を試す人体実験や生体解剖を行いました。犠牲者は三〇〇〇~四〇〇〇人といわれて います。
戦後、七三一部隊の元隊員は国立大学教授、あるいは病院長として幅を利かせていました。七三一部隊についての取材に対し、何も話さないか、事実を否定し、「人体実験は医学の進歩に欠かせない必要悪だ」と開き直りました。その時の取材で真実を語ったのは弟ただ一人でした。
誰もが沈黙して語らなかった七三一部隊の真実を弟が話したのは、医学者としての倫理や研究者の良心、ヒューマニズムといったものは、戦争という悪魔によって、たちまち蹂躙されることを七三一部隊で実感したからだと考えています。
非武装平和主義こそ
私たちが平和に暮らしているのは、ひとえに憲法九条のおかげです。しかし、アメリカのブッシュ政権は自衛隊を軍隊にするよう求めており、政府は呼応して憲法手直しをすすめています。
憲法はアメリカに押し付けられたものという人もいますが、とんでもない話です。九条こそは戦争に反対し、弾圧に たいして命がけでたたかった多くの日本人の「こころざし」そのものなのです。戦争はもっとも非人間的な罪悪です。戦争放棄と恒久平和を憲法で掲げるのは、 唯一の被爆国家であるわが国の義務であり、権利であると考えます。
民医連の旗の下、五万数千人が働いていると聞いています。まことに一大勢力です。七三一部隊の過ちを繰り返さないためにも、みなさんが力を結集して、九条を守る運動を全国的に広げてくれることを願い、期待しています。
憲法九条は何としても守りぬかなければなりません。「非武装平和主義」こそ、人類共通の悲願であり、理想であるからです。
秋元波留夫(あきもとはるお)さん(精神科医)
1906年長野県生まれ。東京帝国大学医学部卒業。金沢大学教授、東京大学教授、国立武蔵野療養所所長、都立松沢病院院長などを歴任。現在、日本精神衛生会会長、共同作業所全国連絡会顧問など。「9条の会・医療者の会」の呼びかけ人の一人。
(民医連新聞 第1360号 2005年7月18日)