救急車の民間委託・有料化 東京の事例から考える
「救急の患者がいるのに救急車が来ない!」…東京でこんな事態が起こっています。「救急車の出動件数が急増している。緊急性の高いケースを 優先させるため」というふれこみで、都が全国で初めて試行(昨年一〇月~)している民間救急車導入の影響です。総務省消防庁は、今月九日「一一九番受信時 にケガ人や病人の緊急性を判断し、救急車出動の優先順位を決めるしくみを検討する」「緊急性が低い場合、民間事業者の活用や、出動の有料化も視野に入れ る」と発表。全国的な問題になってきた救急事業への民間導入を東京民医連の加盟事業所で起きた事例(別表)から、考えました。(木下直子記者)
心筋梗塞の患者に「民間救急車を使って」
昨年一一月の朝。杉並区・上井草診療所を胸部痛を訴える男性が受診しました。「急性心筋梗塞だ」、吉田利男所長 は、近くの大学病院に、救急受け入れを要請しました。同時に、西山敦恵看護師は、消防署の専用ダイヤルに、搬送を依頼。しかし返答は…「救急車は出払って いる、到着に四五分かかる。キャンペーン中の民間救急コールセンターに電話してほしい」というものでした。コールセンターとは緊急性のない患者の病院間の 転院搬送などに、有料の「民間救急車」を紹介するところ。
「心筋梗塞ですよ、そちらがだめなら、一一九に電話します」と言った西山さんに、窓口は「それでも同じこと」と 言いました。西山さんは対応した職員の名前を確認し、「何かあれば、責任をとってくれますね」と、電話を切りました。すると、折り返し、消防署から「いま 向かった」という電話が。救急車は数分後に到着し、患者を搬送しました。
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「救急車に搬送を頼んでも来てくれない話は聞いていましたが、ウチで起こるとは」と、多和兼利事務長。職員たちも怒りました。すぐに消防署に苦情をいい、謝罪を求めました。
その日、やってきた消防署員に、カルテや検査結果を見せ、「緊急なのに、なぜこんな対応だったのか?」と問いま した。「救急でない場合は民間を紹介することになった」との説明です。重ねて「今朝は一刻を争う事例だった」と言うと「依頼時に緊急だと伝えて」「民間救 急の紹介はまだ試行期間なので、意見を下さい」と答えました。
サイレン無し救急走行ダメ 救急車といえない
「民間救急車はどんなものか?」多和事務長が、消防署が紹介した民間救急コールセンターに問い合わせてみる と…。まず利用料の高さが気になりました。業者間で違いもありますが、同診療所の地域は、三〇分で三五〇〇円、その後三〇分ごとに三〇〇〇円、酸素やスト レッチャーを使えばさらに料金加算があります。
また、搬送は「寝台車か、タクシーのような形」と。速度規制を守り、赤信号では停車し、車両にはサイレンや赤色 灯の装備は認められていません(「東京消防庁民間患者等搬送事業の要綱」から)。「搬送中に患者が急変したら、どうするのですか?」と疑問をぶつけると、 「その場で車を止め、救急車を呼ぶ」と。これでは緊急時には間にあいません。
「急を要するから、転送に救急車を呼ぶのです。医療機関からの依頼は断らないでほしい」と、吉田所長。「救急車 を緊急の方が使えるように、という消防庁の説明は理解できます。でも、救急の手が足りなくなって、真っ先に検討することが『充足』ではなく『制限』、とい うのは困ります。都は再検討してほしい」。
吉田所長は後日、地域の医師会の会議で、このことを報告しました。開業医さんたちにも驚きがひろがり、区医師会の理事会でも報告されることになりました。
改善を「提言」東京民医連
民間救急コールセンターは、都の「救急需要対策委員会」が提案した対策のひとつ。同委員会では命にかかわる救急事業を「コスト分析」し「全件対応、全件自前、全件無償方式の抜本見直し」を打ち出しました。
東京民医連では、問題事例をもとに、東京消防庁に改善を求めています。「医師が緊急性ありと判断すれば出動(『救急業務に関する条例』)。医師の同乗は原則だが、(その有無は)搬送の判断基準でない」という見解も確認しています。
また、一月二五日には、東京都医師会の担当理事とも懇談。現場の実態を訴え、改善のために努力していくことを確認しています。
二月には「民間救急コールセンターについての見解と提言」も発表。民間救急は救急業務の代行にならないこ と、年間六六万件の出動数のうち約六%しかない転院搬送をしめつけても問題解決にならないこと、救命救急業務に公共の責務を貫き市場原理を持ち込むべきで ないこと、また民間救急導入で救急関連予算を削減するのは重大問題、と指摘しています。
そして、近隣の助け合いが少ない大都市で、少子高齢化がすすめば救急需要の増大は不可避。もっと総合的な 対策が必要、として、(1)救急救命に「全件対応・全件無償」方式の堅持を、(2)転院搬送および医師・看護師の同乗は、医師の判断を基本原則にするこ と、(3)急病相談から在宅ケアまでの救急に関する総合的住民サービスを充実させること、(4)医師の救急車同乗に対する診療報酬の改善、の四点を提案し ました。
また、四月一日の「民間コールセンター」の本格実施の延期・とりやめと、救急車数の大幅な増加を求めて石原都知事あての署名もとりくんでいます。
「救急車での搬送拒否」事例の一部
Y病院・排菌している結核患者の転送を救急センターに依頼。「重体でない限り救急車は使えなくなった」と、民間救急車を紹介された。「仕方ない」と、患者家族は民間救急車を利用、10万円を請求された。「車内の消毒が必要で、1日1回しか搬送できなくなったから」との理由。
H診療所・透析中、患者が脳梗塞を起こし、他院への搬送を要請。救急車が到着するも、「医師の同乗がなければ搬送できない」と。医師は所長1人しかいないことを話し、搬送してもらう。その間、患者はストレッチャー上で待たされた。
・腹痛を起こした透析患者の転院時に、「医師の同乗がなければ民間救急を」と。
I診療所・胃痛、腹痛で受診した患者。痛み強く、他院への転送を連絡。医師が同乗できないことを伝えると、民間救急の電話番号を教えられた。結局、患者家族の車で搬送。患者はイレウスで入院した。
A診療所・大腿骨を骨折した往診患者を大学病院へ転送するため救急車を呼ぶ。医師の同乗がないことに対し、「今回は搬送するが、指導を行う」と。後日、「同乗しなければ民間救急を」と「指導」が。同乗すれば救急搬送するのか、と質問すると「どんな病態でも、とはならない」。
O病院・心筋梗塞の患者を受け入れ先の病院へ搬送依頼。これまで搬送していたのに、いきなり「都外へは行けない。民間救急を」と。病状を説明し、医師の同乗でようやく搬送。
・下肢の動脈閉塞を起こした患者を大学病院へ転送するため救急隊へ連絡。医師の同乗を聞き、「体制がとれずできない」と答えると、「必ず同乗を」と。「検 討するからすぐ出動して」と頼む。病棟も外来も忙しく、医師の手配は困難で、業務をやりくりした看護師が同乗。
・ペースメーカー装着し、肺ガンで認知症もある患者。呼吸苦、吐き気で来院し、胸膜炎、心不全の疑いで他院へ搬送要請。消防署は要請を受けつけず、119 から消防テレホンサービス、救急コールセンターへとたらい回しされた。やっとのことで救急車が到着したが、医師が同乗しない理由をしつこくたずねる。患者 を車イスに乗せたまま、玄関に置き、院長に詳しい経過を質問。搬送は遅れ、外来診察も30分以上中断してしまう。
N診療所・往診患者が呼吸苦で受診。肺炎で入院の必要があり、他院への搬送を連絡。「救急車が出払っており、緊急度が高くなければ民間救急を」と。所長が交渉するも受け入れてもらえず、患者家族も「費用がいくらかもわからないのでは不安」と、酸素吸入を中止して自家用車で搬送。
(民医連新聞 第1352号 2005年3月21日)
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