介護保険「見直し」 弱者しめ出す 厚労省案
厚生労働省が来年の通常国会に向けて検討している介護保険「見直し」。次第に明らかになってきたのは、利用者の負担を増やす一方で、国の負 担を大幅に抑制するひどい内容です。「誰もが安心して受けられる介護」をめざす建前はおろか、社会保障のしくみを大きく崩すテコにもなりかねません。
市町村事業を「介護保険化」
65歳以上健診・地域支え合い事業など
老人保健法の六事業と介護予防・地域支え合い事業、在宅介護支援センター運営事業を再編し、介護保険の中に「地域支援事業(仮称)」を創設することも見 直しの一つ。一一月一〇日の全国介護保険担当課長会議の資料に示されました。この三事業は公費で実施されているもの。これを介護保険に組み込むことは、財 源に介護保険料をつぎ込むことを意味し、その分国の負担が減少します。公的責任の後退です。
試算では国の負担額はおよそ三〇〇億円以上減少。一方、介護保険料からの負担は一〇〇〇億円増となります。
厚労省は「老人保健六事業の健康診断、教育、相談、訓練などのうち、六五歳以上を、介護保険に組み入れる」としています。介護保険法一七五条の「保健福 祉事業」のなかに設定。第一号保険料で行うこの事業に、第二号保険料も入れる、としています。
厚労省は「これは給付でないので、ただちに一割負担となるわけでない」と説明します。だとしても、介護保険料への影響は避けられません。
また住民の要求を取り入れて検診項目を充実させてきた市町村の努力はどうなるのか。介護予防・地域支え合い事業で、介護認定で除外された人や介護保険の利用料が払えない人が利用できるよう配慮してきた施策はどうなるのか。
市町村事業の介護保険移行は、サービスから疎外される人を増やすなど、大きな懸念があります。
全日本民医連は今後、テーマごとに厚労省と交渉する予定で、第一回は軽度要介護者への給付制限、施設入所者の居住費・食費徴収問題で行います。(編集部)
介護保険の改善を憲法25条・9条に結びつけて
相野谷安孝理事の話(中央社保協事務局次長)
国民向けに発行されているのは、今のところ『介護保険の見直しについて』のパンフ(厚労省・介護保険改革本部発行)だけ。これを読む限りでは、具体的な「改革」内容はわかりません。国民の批判で、二〇歳からの保険料徴収など思い通り改悪できない部分も生まれています。
厚労省は今回の「見直し」の最大の眼目を、「保険給付の抑制」においています。そこから軽度要介護者へのサービスの切り捨て、施設入所者への居住費・食費の全額自己負担化が柱です。
介護保険は、給付されない部分(上限を超えた分など)を本人が自由に「買って」付け足せる制度(混合介護)です。切り捨てられたホームヘルプサービスなどは、本当に必要なら自分で「買え」というのが、今回の改悪の本質です。
さらにこうした「買う」対象に介護予防、老人健診や健康相談などの高齢者福祉・公衆衛生を組み込んでしまおうと計画が明らかになったのです。「負担なけ れば給付なし」という保険制度の悪い面を介護サービスにとどまらず高齢者福祉全体に広げようとするものです。お金のあるなしで差別が生じるのでは、社会保 障制度とはいえません。
厚労省は今回の「改革」を「社会保障総合化」のけん引役と位置づけています。小泉内閣がすすめる「構造改革」の一環として、高齢者福祉の「構造」を変えてしまう計画なのです。
学習し知らせよう
では、「構造改革」がめざしているものは何でしょう。一言で言えば、「弱肉強食の社会づくり」です。この一〇年 ぐらいの間に、社会保障制度に限らず、賃金体系など社会のあらゆるしくみが、まさに「改革」されてきました。私たちの中にも「勝ち組。負け組」といった価 値観が入り込んでいます。それは、お互いを人間として大切にしあえない、命を大切にできない思想です。社会保障もそうした思想でつくり変えようというのが 「総合化」という「改革」なのです。
ですから私たちには、「構造改革」に抗して、「命が大切にされる社会」をめざす運動が求められます。
憲法二五条・九条をまもる運動に結びつけ、本気でがんばることが必要です。戦争政策が進行するとき、暮らしの保障は後退します。介護保険が社会保障制度をつき壊していく「引き金」にされないよう、運動を強めていきましょう。
学習やシンポジウムで多くの市民に知らせ、共同できる人を増やしましょう。
施設入所者の負担重く
居住費・食費を上のせ
特別養護老人ホーム・老人保健施設・介護療養型病床入所者に、あらたに居住費と食費を負担させることが大問題に なっています。 また「新入所基準」で、すでに入所が介護度4・5に制限されていますが、選別をさらに強めることが打ち出されています。入所待機者が増え るなか、施設を増やさない方針も問題。
介護施設に入りたくても入れない人たちが、すでに多数います。
「いま特養で五~六万円、グループホームで一二~三万円、毎月これだけの負担ができない人は入所できず、やむなく在宅になっいる」。医療生協さいたま・ 老健みぬまの事務長・小早川トヨさんは、「少ない年金だけで暮らす人には、すでに施設は遠い存在」と指摘します。部屋代の自費負担ができない生活保護受給 者に対し、枠を決めて入所を制限する施設さえ現れています。医療依存度が高いままで退院してきた場合、施設入所はさらに狭き門。「尿カテーテル、インスリ ン注射、経管栄養もダメです。医療処置が必要な人が、特養ホームに入所するのはほとんど至難の業」と小早川さん。たとえば埼玉県川口市では、四つの特養の うち、受け入れ可能なのは一カ所のみです。
悩むケアマネジャー
川口市・さいたま市緑区のケアマネジャーが集まる会議では、「痴呆の人のショートステイの受け入れ先がない」と 問題に。手間がかかり採算のないショートのベッドは減る傾向です。地域のケアマネが集まれば「家庭崩壊、介護者不在、入所困難、帰る家がない、自分たちだ けではどうにもならない」と、苦労話が絶えません。小早川さんは、「このうえ食費・部屋代を負担させるのは、困難な人を増やすだけ」と問題視します。
介護度1~3のしめ出し強める
入所者の負担増、施設入所を介護度4・5に重点化する案は、家族にとって深刻です。
神奈川・うしおだ老健やすらぎ施設長・片倉博美さんは、月例の家族会で厚労省案を説明しました。八人ほどの参加者が口々に「それは困る」といい、騒然と なりました。ある家族は「連れて帰れと言われても無理です。できないから入所させているのに」。別の家族は「国会で審議されるにしても、私たちの意見が反 映されるとは思えない。実情を知らせて世論を喚起しましょう」と発言しました。
待機者も深刻
東京・葛飾やすらぎの郷(八〇床)の副施設長・長島喜一さんは、「ここの新規入所は年間一〇人ほど。それに対し待機者は、緊急度の高い『優先』が六七人、『優先外』が一〇〇〇人」と、九月現在の数字を示しました。
他施設と重複を考慮しても多い数です。区の計画では「優先」なら一~一・五年で入所できる予測でしたが、実際は数年も待ったり、入所できずに亡くなる人 もいます。施設数の不足は決定的。区域内の相談員で行う入所調整会議で、各施設が受け付けた申請書がやりとりされます。「毎回一〇通ほどもらう中に、必ず 優先者がいる」と長島さん。しかも「優先度」が低い人の中に、老老介護、家族が病気がち、家族との関係が辛いなど、せっぱ詰まった人がいるのが現状です。
(民医連新聞 第1346号 2004年12月20日)