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民医連新聞

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筋ジス患者を在宅で支援 「城南病院に出あえてよかった」 茨城

 「取材に来ませんか」―茨城・水戸市の城南病院から電話が入りました。同院では、初めて受けいれた筋ジストロフィーの患者さんをバックアッ プし、在宅生活を実現しました。「いっぱいの人にささえられて、こんな生活ができた。一日一日大切に過ごしたい」。人工呼吸器をつけた谷田部幸夫さん (64)は、ひと息ひと息、語りました。(木下直子記者)

 谷田部さんは今年六月、城南病院に入院。別の病院のベッドが空くまで、三カ月間の「つなぎ」ということでした。 城南病院では、転院まで心地よく過ごしてもらおう、というのが当初の方針でした。それが変わったのは、入院後しばらくして谷田部さんがこんな相談をしたか らです。「ずっと置いてもらえないか。ここで初めて人間らしく扱われた」。

 谷田部さんは一八歳で筋ジスを発症。以後は療護施設や病院で生活し、二年前に人工呼吸器を装着してからは、あちこちの病院を転々としました。居場所が定まらない苦痛、次の転院先を車イスで探しまわる奥さんの負担…妻のせつ子さんにも障害があるのです。

 「『もう楽にしてほしい』とまでおっしゃって、ハッとしました」と、中心的にかかわってきた小田島恵看護師長。職員で行ったカンファレンスで、担当の東俊一郎医師は在宅生活への移行を提案、病状に入院の必要はない、との判断でした。

みんなで知恵を出しあい

 「先生に言われて、がんばってみようと思った」と谷田部さん。

 在宅の方針が決まると、水戸市に支援費(※)を支給してもらうこと、人工呼吸器の管理、住居の確保など、カンファレンスを重ねながら問題を整理し、あたっていきました。

 最大の問題は支援費の支給です。対市交渉を行いました。ここには妻、主治医やスタッフの他に、ヘルパーを派遣す る自立生活センター・ライフサポート水戸も「福祉の遅れた行政を変えることも仕事」と参加。また市内でいちばん多く支援費を受給している患者さんも「自分 の経験から支援の必要性を話す」と駆けつけました。

 市ははじめ「支援費に限度は設けない」といいつつ消極的でした。「筋ジス専門の病院がある」と県外の病院への入 院をすすめ「そちらの方が安あがりだ」とさえ言いました。病棟の看護師は谷田部さんの一日の生活を表にして見せ、「病室に出向き、本人に会ってほしい」と 訴えました。その後もSWやせつ子さんは何度も市を訪問しました。 

 また呼吸器の管理や三〇分に一度必要な痰の吸引がヘルパーには認められない問題もありました。これには院内で看 護師のボランティアを募り、大勢の名前を記した名簿を提出しました。途中、小田島師長の頭には「支援費は出ないかもしれない」という不安もよぎりましたが 「谷田部さんをささえる沢山の人の存在が、この先の人生を励ますに違いない」と考えたといいます。

 市は谷田部さんを二度訪問、ついに市内最高額の二〇七・五時間の支援費支給を決定しました。「私一人ではできなかった」と、せつ子さん。「城南病院に出あえてよかった!」。

体は不自由でも、心は自由だよ

 小田島師長は語りました。

 「実は対市交渉も久しぶりでとまどいました。医師、SWはじめ、みんなで知恵を出しました。これまで患者さんに最大限のことをしていたつもりだったが、やれることはまだあった。患者さんの見方も学べた」と。

 在宅への準備の中で、谷田部さんは意欲的になっていきました。入院時は「かゆい、痛い、苦しい」と訴えるだけ で、スピーチカニューレも「痛い」、と使わなかったのが「ヘルパーさんと話さなきゃ」と再挑戦。試験外泊で「外はこんなにまぶしかったのけ」と声をあげ、 病棟に帰り「カップ麺がおいしかった」と嬉しそうに報告しました。

 「人にはどこまでも可能性があるんですよね。それまで谷田部さんの食欲はなかなかひきだせませんでした。障害が あり『やっかい者ですみません』と小さくなっている人は多いはず。『体は不自由でも、心は自由だよ』と言いたい。いま谷田部さんは、皆の希望の星、この経 験を他の患者さんにも生かします」小田島師長は涙を拭きました。

 谷田部さん宅を訪ねると、明るい部屋で迎えてくれました。「ヘルパーさんに冗談ばかり言ってる。少しだけど、食 べたいものも口にできる」と谷田部さん。「施設や病院とは違う。夫の表情が和らいだ」とせつ子さん、「時間の経つのが早いの。夢が実現して、夫婦の会話が つきません」。

※支援費…昨年四月、措置制度から移行した障害者対象の制度。利用者がサービス提供事業者と直接契約し、本人負担を除く費用を国と自治体が支給。支給には市町村の決定が必要。

(民医連新聞 第1345号 2004年12月6日)