医療倫理のはなし 実践編
臨床倫理の実践を紹介します。今回は、九月の看護介護活動研究交流集会での発表から。
〝1人で1回で決めない〟こと 病棟での2事例から
―福島・わたり病院
当院の倫理委員会では、インフォームドコンセントガイドラインの策定やDNRの現状討議、エホバの証人輸血拒否患者への対応、倫理的課題の学習会や現場で発生した問題を検討しています。このほど対応した二事例を紹介します。
治療のリスクと選択
重い精神発達遅滞があるAさん(六〇代)。重症肺炎で入院、肺炎は治癒しましたが、慢性腎不全を併発。本人が判断できないため、家族は薬物療法を選択 し、退院しました。一カ月後に再び重症肺炎と腎不全を起こし、再入院。Creの悪化に伴い、透析を行うかどうか、治療方針の検討が必要になりました。
点滴も危害として受け止め、大声をあげて激しく抵抗するため、何人もの看護師で動かさないようにして処置している方です。病状から、透析しなければ命が 縮むことは明らかですが、透析に踏み切った時のリスク…穿刺や透析中の体動で発生する危険…もまた命に関わります。
治療の選択で揺れる家族に、どうやって方針を決定してもらうか、悩みました。倫理委員に報告し、委員会を開いてもらいました。助言は、関係職種を入れ、 家族へのインフォームドコンセント(IC)をていねいに行うこと、キーパーソンを明確にすること、親族を含めた意思決定をしていただく、決定事項を書面で 残すこと、などでした。
そこで透析担当医、透析室室長、SW、病棟看護師で家族にICを行いました。検査結果では透析の適応であること、透析が一生続く治療であること、穿刺や 体動制限があり、苦痛も伴う、治療方針は医療者が説明し患者側が決めるもの、という内容をお話しました。透析室も見学していただきました。
翌日、再度行ったICで、あらためて話し合った家族の意思は「苦痛も伴う透析治療はしない」でした。この結果をまた倫理委員会に報告しました。委員会か らは、医療過誤判例集が提示され、「ICを再設定し、家族の決定をフォローする必要がある」と助言されました。
再々度のICで主治医の病状説明の後、家族の意思を再確認し、IC用紙にも署名されました。
透析はせず、薬物療法を続けた患者様は、家族に見守られ、永眠されました。何度も行ったICを通し、家族は「命の大切さを再認識した」と感謝を語りました。
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もう一例、重症肺炎のBさん(八〇代)の事例です。要介護度4で次男と二人暮らし。妻とは疎遠で、 長男・長女・次女は他県にいます。挿管と人工呼吸器が必要になり、その時点で本人とは意思疎通できず、子どもたちも揃わないまま、次男の希望で人工呼吸器 を装着しました。しかし後日、子どもたちは今度は人工呼吸器の停止希望の文書を出しました。
主治医・病棟看護長を含め、倫理委員会を開き、東海大学安楽死事件の治療行為中止の要件※をもとに検討しました。
※治療行為中止の要件
A‥患者が治癒不可能な病気に冒され、回復の見込みがなく死が避けられない末期状態にあること。
B‥治療行為の中止を求める患者の意思表示が存在し、それは治療行為の中止を行う時点で存在することが必要。「患者の推定的意思の認定」イ)患者の事前の意思表示、ロ)家族の意思表示
C‥治療行為中止の対象となる措置は、薬物投与、化学療法、人工透析、人工呼吸器、輸血、栄養・水分補給など、疾病を治療するための治療措置および対症療法である治療措置、さらには生命維持のための治療措置など、すべて。
結果、患者は治癒不可能な状態でないこと、睡眠導入剤を一時中止し、本人の意思確認も試みて、「停止を求めない」と判断できたため、「治療行為中止の要 件は満たさない」と、申し出を却下しました。以後、病状の変化ごとにICをし、キーパーソンも長男に一本化。療養を続けています。
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倫理委員会の働きで、「一人で一回で決定しない」ことが、現場で定着してきたと思います。「この対 応で良かったのか?」と悩んだままで終わらずにすんでいます。患者・家族の選択を支援する立場でICを充実させること、職員の人権意識を高め、機敏に対応 することの重要さも痛感しています。家族の意思決定後は、家族が悔いを残さないような精神的フォローも必要です。倫理委員会の対応能力の向上もさらに求め られています。(看護師・安斎恵子)
病床数 | 196床 |
開設 | 2002年 |
委員構成 | 学識経験者・弁護士・医療生協組合員など3人/副院長を含む医師2人/看護長を含む看護師2人/技術系科長(今期薬剤科)1人/相談室1人/事務系課長1人 |
検討事項 | 臨床の症例についての倫理的検討、生命倫理の基準や規定策定、医療現場における職員の生命倫理に関する教育 |
開催 | 月1回開催、及び現場から委員に相談が寄せられれば随時 |
(民医連新聞 第1343号 2004年11月1日)