〝関係ないヨ〟と 思ってない? 医療倫理のはなし(9)
患者と家族の意向が分かれた〈検討編〉
前回では、患者さんに意思決定能力があり、治療方針に関してその家族と意向が分かれた神経難病のケースを紹介しました。今回は、このケースについて、4分割法※で検討してみます。
■医学的適応
(1)診断は多巣性運動ニューロパチー。四肢麻痺、呼吸筋の低下はあるが、意思疎通、嚥下機能は良好。状態としては呼吸筋麻痺のある高位頚髄損傷患者と似ている。
(2)肺炎のため人工呼吸器管理が必要。
(3)肺炎治癒後は人工呼吸器装着から離脱できる可能性はあるが、確実ではない。
(4)予想される一番良い状態でも、気管切開は必要。スピーチカニューレを用いれば、意思疎通、経口摂取は可能になるだろう。
■本人の意向
(1)全身状態は悪いが、現状でも正常な判断能力はあるものと考えられる。
(2)本人は気管内挿管、気管切開を希望していない。
(3)家族の意向は気にしており、今後、変化する可能性はある。
(4)自分の正確な予後については、充分把握しているとは言いがたい。
■QOL
(1)ADLは全介助であるが、経口摂取、意思疎通能力は保たれている。快活な方である。
(2)大学病院に入院中に、多くの難病患者に接したこともあり、障害は充分受容している。現在のQOLはそれほど悪くないと判断される。
(3)予想される一番良い状態は、気管切開は必要だが、現状にほぼ近いADL。
(4)気管切開を行うと吸引が必要となり、日中家族が働いていて、ヘルパーが主な介護者となる状況では、自宅退院は困難となり病院での長期入院となる。
■周囲の状況
(1)キーパーソンである娘は福祉関係の仕事をしており、多くの障害者と接している。
(2)家族は当院入院前より、大学主治医より説明を受けており、気管切開、人工呼吸器装着については納得している。
(3)在宅での介護力は弱く、ヘルパーを利用していたが、ヘルパーによる喀痰吸引が認められていない現状では、自宅退院は困難と判断される。
〈方 針〉
嚥下、意思疎通能力の予後も含めた正確な病状、予後について患者に説明し、家族の意向を伝えた上で、侵襲的治療 の是非について再度患者に判断してもらう。患者、家族の意向が再度分かれた場合、現在の日本の社会的状況から患者の自律権を尊重して、侵襲的治療をしない と決断するのは難しいと考えられ、その時は病院倫理委員会に判断を仰ぐことにした。
* *
患者さんは侵襲的治療に同意されました。肺炎治療とともに人工呼吸器管理を行い、幸い病状は軽快しました。気管切開は行いましたが、人工呼吸器から離脱、スピーチカニューレを装着し、言葉による意思疎通と経口摂取は可能になりました。
その後、当院でリハビリを続け、ADLは変化ありませんでしたが、四肢の動きは改善し、本人、家族とも大変喜んでいました。自宅退院はやはり困難で、長期療養目的で転院となりました。
(安田肇 全日本民医連・医療倫理委員)
※臨床倫理の4分割法…医療チームがジレンマに陥ったケースを、解決するための討論手法の一つ。ジョンセンらが考案。「臨床倫理の4分割表」を使い、「医学的適応」「患者の意向」「QOL(生きることの質)」、「周囲の状況」の四つに分けて問題点をあげ、分析する。
(民医連新聞 第1337号 2004年8月2日)