“関係ないヨ”と 思ってない? 医療倫理のはなし(8)
患者と家族の意向が分かれた
前回は、患者さんに意思決定能力が無いケースの分析を行いました。高齢者の多い日常診療では、似たようなケースも比較的多いかと思います。それでは今回は、患者さんに意思決定能力があり、患者さんとその家族の意向が分かれたケースを紹介します。
〈ケース8〉
七〇歳女性、九八年から下肢の脱力を自覚、その後、だんだん歩行が不能になる。二〇〇〇年六月から大学病院の神経内科に入院。多巣性運動ニューロパチー※の診断を受ける。
種々の治療には反応せず、症状は進行し、ほぼ四肢麻痺で日常生活動作は全介助となった。呼吸筋の筋力低下もあ り、痰は出しにくかったが、発声、嚥下は良好で知的な能力は保たれていた。しかし、肺炎をきっかけに呼吸不全が増悪、気管切開、人工呼吸器装着となる可能 性が考えられ、それを、大学病院の主治医から本人と家族に説明されていた。
二〇〇〇年一一月初めに退院し、在宅医療に移行。当院関連診療所の往診を受けていたが一一月二三日から喀痰喀出 困難、呼吸困難が出現、当院に救急搬入され、肺炎の診断で入院に。酸素と抗生物質でいったん症状は改善したが、四日後から高熱が続き、呼吸筋の筋力低下の ため喀痰が十分出せない状態で低酸素血症が持続。状態が改善しなければ、気管内挿管(引き続き気管切開)と人工呼吸器装着が必要と考えられ、本人、家族と 今後の治療方針を相談した。
説明のポイントは、この疾病はALSとは異なり、肺炎が治癒すれば、人工呼吸器から離脱できる可能性があること。気管切開は永続的になるだろうが、スピーチカニューレで呼吸器を着けていても会話は可能であること、食事摂取もできるようになるだろう、ということであった。
患者本人の判断能力は充分あると考えられたのだが、全身状態が良くなかったため、予後に関する細かい説明を、時間をかけて一度に行うのは困難であった。
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本人の思いは「これまで長期の闘病生活を送ってきたし、これ以上苦しい思いをするのはいやだ。短期間だったが、 在宅に戻れて良かった。しかし気管切開をしてしまうと、在宅に再び戻る事は難しくなる。そのこともあるから気管切開はいやだ」というものだった。しかし、 判断は家族の意見も聞いてみてから、と話した。
家族(娘さん夫婦)の意向は、「気管切開も含め、できるだけの治療を行って長生きしてほしいと考えている。今回、いったん在宅療養に移行したが、介護力が弱いので、いずれは長期療養できる病院に入院する方向で考えていた」というものだった。
主治医は、治療の選択をどうして良いのか考え込んでしまった。
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次回、このケースについて4分割法で検討してみます。
(安田 肇 全日本民医連医療倫理委員会)
※多巣性運動ニューロパチー…神経難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と類似した症状だが、治療に反応する場合もあり、比較的ゆるやかな経過をたどることが多い。
(民医連新聞 第1336号 2004年7月19日)