激動する社会のもとで 価値ある“世界(WHO)のエッセンシャルドラッグ(必須薬)”
第12回国民の医薬シンポジウム
激動する社会のもとで 価値ある“世界(WHO)のエッセンシャルドラッグ(必須薬)”
-浜六郎氏が講演-
第12回国民の医薬シンポジウムが5月19日、東京・お茶の水で開かれ、病院や薬局、製薬企業で働く薬剤師はじ め研究者、患者団体、市民など145人が参加しました。国民の医薬シンポジウム実行委員会の川瀬清実行委員長があいさつ。「戦争・テロと保健・医療・福 祉」と題して野村拓氏(国民医療研究所所長)が、「あるべき薬物治療」と題して浜六郎氏(医薬ビジランスセンター所長、医師)が講演しました。また「激動 する社会とあるべき保健・医療・福祉と薬物治療」をテーマにシンポジウムが行われ、「医薬品・医療用具の安全性」について薬害ヤコブ病弁護団の白井劍氏 が、「薬を安全に使用するための薬物治療評価」を立川相互病院薬局長の奥隅貴久美氏が、「薬価・後発品問題」について全薬会議事務局次長の中村孝次氏が発 言。片平洌彦東洋大学教授のコーディネートで、フロアからの発言も含め、薬物治療の安全性についての今日的問題を深めました。
浜氏の講演要旨を紹介します。
浜六郎氏プロフィール 1945年生まれ。阪大医学部卒、内科医。大阪府衛生部、阪南中央病院勤務の後、97年に医薬品の安全で適切な使用の研究と情報活動のため医薬ビジランスセンターを設立。 |
まず薬剤の質見直しを
日本の医療費の中に占める薬剤費の比率は、約25%。欧米の10数%に比べて突出しています。その上、日本だけで承認され使われてきた薬剤の多くが質を問われています。日本では毎年30成分以上の新薬が承認されていますが、有用な新薬と呼べるものは極めて少数です。
一方で、WHOが「世界の標準薬」として定めた「エッセンシャル・ドラッグリスト」に収載されている医薬品で、日本で使用されていないものが多くあります。
いま世界各国で医療費の高騰が問題となり「薬剤の質」を問い直しする作業が行われています。見直しの指針は、EBM(Evidence‐ BasedMedicine・根拠に基づく医療実践)の手法です。日本でも薬剤の質を見直し、薬剤費の無駄をなくすべきと思います。
EBMによる薬剤の評価
EBMの定義に、私は「患者に最も価値のある結果が得られること」を付け加えたいと考えています。
また「最終死亡率」を重要する基準に注目しています。つまり「総死亡率」を「特定死因別死亡率」よりも重視します。たとえば、高コレステロールの治療を する際に「心筋梗塞の防止」という短期的な効果に注目するあまり、「長生きさせる」という当初の目標を見失わないことが大事です。茨城の老健施設で6年間 コレステロール値をフォローした報告があります。総死亡率は180~280mg/デシリットルで最も低く、下げすぎるとむしろ死亡率が高くなるという結果 です。「220mg/dl以下に下げる」ことは明らかに行き過ぎです。
長期的な影響が問題になるコレステロール剤、高血圧治療薬などでは、総死亡率を特に重視すべきです。
また危険性の情報に対しては、根拠としては低い位置づけの「単なる臨床経験や専門家の意見」であっても、動物実験の結果であっても重視すべきだと考えます。サリドマイドはその典型でした。
エッセンシャルドラッグを利用しよう
日本では新薬に高い薬価が付けられていますが「高価な新薬=よい薬」ではありません。世界的な評価を得たエッセンシャルドラッグは新しくなく安価ですが、利用価値があります。
その利点の一つは、薬理学的に長期間よく研究され、良質さが確かめられていることです。したがって副作用も含めた情報が豊富です。エッセンシャルドラッ グについての知識は医師が最低限身につけておくべきものです。学生や研修医教育、医師の再教育で基本となる知識です。また患者に説明しやすく、副作用が生 じたときにも早く気づくことができ、適切な対処が取りやすい薬です。世界中で採用され、世界共通の一般名で書かれているのでどこでも通用します。「よい薬 を厳選して使う態度は、よい医療をめざすことに通じる」という意味でも活用をお勧めします。
国際的な薬価比較調査で
大阪保険医協会と共同して国際的な薬価比較調査を実施した結果、H2ブロッカーやニフェジピンなど評価の確立し ている薬は、米国やドイツと比べると日本の方が安価で、フランスやイギリスと同程度でした。一方、効果が疑われる抗アレルギー剤のようなものや新薬は非常 に高い薬価でした。販売中止になったトリルダン(一般名:テルフェナジン)はイギリスの薬価の一一倍でした。欧米ではエッセンシャルドラッグについて、先 発品とジェネリックの価格差がほとんどありませんでした。
薬の価値厳しく判断を
ジェネリック品を採用するときに「製剤的品質が先発品と同等」という面だけで評価してはいけません。先発品その ものに効力と安全性からみた価値がなければ、そのジェネリックにも価値がありません。日本では、本当は価値がないのにさも価値があるかのように評価され、 高薬価となった新薬が出回っています。製薬会社から多くの権威者・専門家・学会、雑誌、医師研修会に対して宣伝費を大量に使った情報操作がなされ、新薬使 用が拡大され薬害をまねく構造があります。
ジェネリックの採用を考える場合に、EBMにかなっているか、エッセンシャルドラッグであるかを平行して考えるべきです。
薬を正しく評価する基本的態度として、まず「使う意味はあるのか?」など「健全な疑問を持つこと」を勧めたいと思います。情報をうのみにしてはいけませ ん。厳密に検討しても起こりうる害もあります。モニタリングをして、間違いは認めて反省し、情報公開し改善を実行することです。良いものを適切に使い「有 効性の判断は厳しく、危険に対しては早めに対処する」ことが基本です。
用語解説
ビジランスセンターの活動
医薬品の適切、公正な評価研究を行い、その結果を医薬専門家向け情報誌や医薬品を監視する市民団体(薬害オンブズパーソンなど)に対して、情報提供する民間機関。大阪府松原市。
世界のエッセンシャルドラッグリスト
一九七六年に開発途上国の医療に一定の水準を確保するために、WHOが打ち出した「限りある医療資源と資金 (国民医療費)で国民の健康を守るために優先的に使用すべき基本薬として吟味された」(エッセンシャル=必須な)医薬品リスト。一九九七年のWHO専門委 員会によれば、このリストは医療専門職の教育ツールとなり、医療消費者にとっては情報となる。開発途上国だけでなく医療費に関心の高い工業先進国にとって も、必須薬を考える上で重要とされる。現在三一二種類。浜氏らにより「世界のエッセンシャルドラッグ」(三省堂)として翻訳出版されている。
(民医連新聞2002年06月11日/1278号)