【見解2018.08.17】情報通信機器(ICT)を利用した死亡診断等ガイドラインについて
2018年8月17日 全日本民医連理事会
情報通信機器(ICT)を利用した死亡診断等ガイドライン(以下、ガイドライン)は、内閣府規制改革会議において在宅での看取りにおける規制の見直しが議論され、「規制改革実施計画」として平成28年5月に閣議決定されたことをうけ、平成29年9月、厚生労働省によって策定された。策定の背景には、医療・介護における規制緩和と成長戦略の推進、また医師の増員なしに、医療従事者とりわけ看護師による診療の補助行為(医療行為)の拡大によって超高齢多死社会に対応していくという政府の意向がある。
現状での ICT 技術の死亡診断への活用に関して、異状死体を取り扱う専門家の集団としての日本法医学会理事会は、「今後、検視・検案の場にも ICT を活用した様々な技術の活用が進むものと予想される。しかしながら、これらの技術を用いた死亡診断に ついてはまだ十分な運用実績や技術、ノウハウの蓄積がなく、その適応と限界 についてはまだまだ検討の余地も多い」との見解を出している。
このように、ガイドラインは少なくない問題点を含んでおり、拙速な対応で不十分なまま見切り発車することには多くの問題がある。これらを医療関係者のみならず広く国民が共有し、死亡診断を含む在宅医療のありようこそ議論されるべきと考える。
ガイドラインの問題点として以下の点が考えられる。
①死後診察は、遺族にとって医師から死亡の事実とこれまでの経過等に関する医学的説明を受ける機会であり極めて重要な意義をもつ。また、適正な死因の判断は「人が受ける最後の医療」であり、すべての人々が保障され、「個人の尊厳」を保つ上で十分な対応が求められるものでなくてはならない。本ガイドラインは、患者や家族の権利をゆがめることにつながりかねない。
さらに、看護師が、ICTを活用しての死の三徴候(呼吸停止,心臓停止,瞳孔散大と対光反射の消失)の確認や異状の有無の確認、死亡診断書の代筆などに多くの時間を費やすことは、本人の意思に基づく人生の最終段階におけるケアや、家族へのグリーフケア等を困難とすることにつながりかねない。
現在も、深夜などに訪問看護師が死亡を確認した場合は、医師に報告し翌朝に医師が死亡診察を行うなど工夫し、尊厳ある在宅での看取りを行っている。死後の処置として、湯灌(ゆかん)、「エンゼルケア」など看護は死亡後にも継続されている。こうした人権を尊重する看護は、医療者と国民の信頼関係を形成している。ICT を利用した死亡診断は、看護師がケアのために十分な時間をとって遺族と円滑にコミュニケーションを図ることが難しくなり、看取りの医療・ケアの質的低下につながるのではないかと危惧する。これは、看護協会が求める「穏やかな看取り、地域で豊かな最期を支援する医療・看護」とはほど遠いものと言わざるを得ず、検討を要する。
②事故・自殺・殺害など診療継続中の傷病以外の原因で死亡する例も存在する。法医学会は、「通常の死体検案の場合においても、外表の検査所見のみでは、判断に苦慮する事例も少なくないが、転送された画像から法医学的判断を行う場合には、通常の死体検案以上に十分な学識と経験が、担当する医師に求められることとなる。ICT を利用した死亡診断を行う場合には、担当する医師にも別途研修等が不可欠である」と指摘している。
死亡診断書は法律上、社会上の重要性が高く、記載内容が正確でなかった場合は死因統計が不正確になり社会的に大きな影響を及ぼすことが指摘されている。日本は先進諸国のなかでも例がないスピードで超高齢社会を迎えており、死因統計は人類の歴史上、貴重なデータと成り得るものと考える。正確な死因の判断と、それに基づく死亡診断書の作成が求められており、ICTの活用による死亡診断がそれらのニーズに貢献できるものとは考えにくい。
③医師は、生理学、病理学、解剖学等の医学的知識や日々の診療の積み重ねによる経験知と、法医学の知識を踏まえ、総合的に死亡診断を行っている。看護師が看護教育に加え、一定の法医学の研修(2日間程度である)を受けたことを以ってそれに代替しうることができるかは困難と思われる。仮に過失が生じれば厳しい基準で注意義務が問われることも想定される。在宅医療は密室性が強く医療事故等が隠蔽される可能性も高く、単身世帯や認知症の増加などを背景に、安全性・倫理性が一層求められている。このような状況下で看護師が死亡診断へ関与することは、新たな問題の発生とともに、看護師の過重労働と不安やストレスの増加を助長させることが想定される。結果として、看護の担い手の減少など、在宅医療そのものの体制崩壊を招くことにもつながりかねない。
④遺体の写真や死亡診断書等の送受信は、セキュリティの確保が難しく、個人情報流出の可能性が懸念されている。ICTの利用そのものを否定するものではないが、死亡診断への活用が人々の安全と尊厳、権利を脅かすことは容易に想像できる。
また、死亡診断書作成補助において、代筆や医師(他人)の印鑑の使用が明言・許容されており、文書の不正な作成の危険性がある。
⑤ガイドラインでは、ICTによる死亡診断を実施する際の要件(C)「医師間や医療機関・介護施設間の連携に努めたとしても、医師による速やかな対面での死後診察が困難な状況」とは、「正当な理由のために、医師が直接対面での死亡診断等を行うまでに12 時間以上を要することが見込まれる状況をさす」とされている。また正当な理由の例として、離島等で交通手段がない場合の他、日当直勤務で12時間以上経過する場合が示されている。この「12時間以上」には明確な根拠がなく、都市部でも医師の診療体制などによって該当することはまれではない。12時間経過したとしても原則は医師の直接対面による死後診察であり、安易に拡大解釈されることが懸念される。
⑥ガイドラインは、「死亡診断だけのために医療施設に入院したり、死亡後に遺体を長時間保存・長距離搬送したりすることを回避する」という要望に対して、ICTの利用を前提に、一研究結果から遠隔で死後診察を行うための条件を示したものである。しかしながら、医師の増員なく安易なタスクシェアリングやタスクシフティングによる死亡診断の仕組みであり、在宅医療・終末期医療の変質につながることが懸念される。医師が本来の業務に専念するために、医師の増員などの環境整備、地域で在宅医療を支える医師間のネットワークの構築、在宅における対面診察(死後診察)の診療報酬上の適正な評価など、在宅医療にとりくむ医師を安定的に確保するための政策こそ優先課題である。
また、策定にあたってパブリックコメントの手続きもなく、国民に周知されているとは言い難く、国民的議論が不十分である。終末期医療や在宅医療のあり様は、患者・国民にとっては、人生の最終段階におけるくらしや生き方など多くの分野に関連する重要な問題である。患者・国民、医療界を始め多様な分野の英知を集めた検討が必要である。
在宅看取りを安易に「死亡診断のあり方」に矮小化せず、超高齢多死社会に相応しい在宅医療の発展と進歩、人生の最終段階にある患者の医療・ケアのあり方の探求、それを担う医師養成のあり方について国民的な議論を進めることが必要である。
(PDF版)