【2011.06.14】具体的な内容を明らかにせず、利用者・介護現場にさらなる困難を押しつける介護保険法「改正」に断固抗議する
2011年6月14日 全日本民主医療機関連合会会長 藤末衛
(1)6月14日、参院厚労委員会で「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を 改正する法律案」(改正法案)が、共産党、社民党の反対、与野党の賛成多数で可決されました。新たな給付縮小を盛り込んだ改正にもかかわらず、法案の具体 的内容を国民にほとんど明らかにしないまま、衆院厚労委員会10時間弱、参院厚労委員会8時間弱というわずかな審議時間で決定したことに対し、強い怒りを もって抗議するものです。
(2)今回の法改正は、国の負担を増やさないことを前提に、「財政の論理」を何より優先させた「持続可能な制度の実現」を目的としてあげ、給付抑制と負担 増を徹底していく改正です。法案に盛り込まれた「地域包括ケアの実現」も、「住み慣れた地域で、安心して老後を送りたい」という高齢者の要求を逆手にとり ながら、新たな公費抑制をはかるシステムとして設計されています。これでは、現状の様ざまな困難の打開につながらないばかりか、逆に「保険あって介護な し」とも言うべき事態をいっそう深刻化させ、新たな困難を利用者や介護現場に強いることになりかねません。
第1に、費用負担のしくみ、要介護認定システム、支給限度額、施設の基盤整備のあり方など、必要な介護サービスを受けられない事態をつくり出している現 行制度の根幹に関わる矛盾・問題点は放置したことです。介護従事者の処遇改善については、介護職員処遇改善交付金の現行水準の枠内での議論にとどまってお り、抜本的な処遇改善をはかる方向とはなっていません。一連の制度改善に不可欠な介護保険財政の見直し(公費負担割合の引き上げ)は、“財政難”を理由に 最初から見送られました。
第2に、新たな給付抑制策として予防給付の切り下げを打ち出しました。費用を抑え、非専門職が提供できる新たなサービス(「介護予防・日常生活支援総合 事業」)を設け、要支援者の一定部分を市町村の判断で移し替えることを可能とするしくみの導入です。予防給付の縮小再編であり、利用者の選択権の侵害につ ながる重大な改悪です。
第3に、予防給付を切り下げる一方で、給付体系を重度・医療対応型にシフトさせていく「給付の重点化」をいっそう太く打ち出した点です。介護療養病床の 6年内の廃止、「定期巡回訪問随時訪問介護看護」など医療と介護を一体的に提供するサービス類型の創設、「たんの吸引等」介護職の医療行為の容認・拡大な どは、この間進められてきた「入院から在宅へ」という医療費削減の「受け皿」として介護保険制度を本格的に再編しようという動きの一環であり、国にとって 安上がりな医療・介護提供体制づくりに他なりません。
第4に、市町村間格差をいっそう拡大させる点です。予防給付の切り下げをはかる「介護予防・日常生活支援総合事業」を実施するかどうか、実施する場合に サービス内容や負担をどうするかなどは、すべて市町村の判断に委ねられています。利用者にとっては、住んでいる市町村によって受けられるサービスが大きく 異なる事態がいっそう広がることになります。介護保障に対する国の責任を縮小し、自治体に「給付と負担の調整」を強要するこのような手法は、地域主権改革 の流れとも連動するものです。
第5に、介護分野の市場化のいっそうの推進です。サービス事業の公募制(入札制)、市長村事前協議制の導入は、地域ごとに事業者を特定化することで、と りわけ大手の営利事業者のビジネスチャンスを拡げようというものです。小規模事業者は排除され、事業者の選別が進む危険性があります。国交省との連携によ るサービス付き高齢者住宅は、市場での整備を基本にしており、建設会社などの参入表明が相次いでいます。「介護は産業」を掲げる新成長戦略の具体化です。
最後に、今回の改正が政府が構想する制度改革の第一歩である点も見逃せません。「税と社会保障一体改革」の厚労省提案には、被保険者の範囲の見直し (40歳未満からの保険料徴収)、予防給付や生活援助の本体給付からの除外などが打ち出されており、今改正はその突破口といえるものです。
(3)法案の成立を受けて、今後は、改定された介護保険法を具体的にどのように実施させるかが焦点になります。これ以上の給付の引き下げ・切り捨てや負担 増は絶対に許されません。全会一致で確認された7項目にわたる附帯決議の主旨をふまえ、新サービスの具体化など運用段階での改定法の実質的な大幅修正を強 く求めます。2012年改定での介護報酬の底上げ、介護従事者の抜本的な処遇改善を重ねて要請します。
改定介護保険法のもとで、改めて誰のための、何のための「持続可能な制度の実現」「地域包括ケアの実現」なのかが鋭く問われていくことになります。「住 み慣れた地域で、安心して老後を送りたい」は全ての高齢者・国民の願いです。2025年に向けて構想されている「地域包括ケア」が高齢者の願いに真に適う ものとして実現されるためには、何よりも介護保険、介護保障に対する国の責任、とりわけ財政責任を強めることこそ必要です。
また、「受け入れ先がない」「必要なサービスが受けられない」という、今なお大震災被災地の要介護高齢者や認知症高齢者にもたらされている困難は、介護 保険制度の矛盾や限界を浮き彫りにしています。被災地に実態に基づく介護保険制度の点検や見直しは、政府として進めなければならない課題です。
私たち民医連は、「介護の社会化」という介護保険制度そのそもの原点に立ち返った、総合的な制度の検証と抜本的な見直しを引き続き求めていく決意です。