【声明2007.06.15】医療事故を取り扱う第三者機関の早期実現を求める要望書
2007年 6月15日
厚生労働省
柳澤 伯夫 殿
医療事故を取り扱う第三者機関の早期実現を求める要望書
全日本民主医療機関連合会
会 長 肥田 泰
全日本民主医療機関連合会(以下、全日本民医連)は、2004年2月、「医療事故を取り扱 う第三者機関の設置を求める要望書」を厚生労働省に提出しました。要望書の中で(1) 医療機関・患者双方から相談を受け付ける相談窓口(2)被害者の救済制度(3)裁判外での紛争処理(4)医療事故を調査し公開し、原因究明・再発防止に役 立てる、という4つの機能が必要であるという私たちの見解を述べました。
医療の安全性と質を向上させ、国民の医療に対する信頼を取り戻すために、医療機関自らの努力が必要であることはいうまでもありません。しかし、日本で は、医療事故問題に対する国家レベルの対策が、立ち後れているといわざるをえません。国・行政が責任をもって医療事故問題の解決のための施策を行なうこと が求められています。とりわけ、医療事故に対して警察が介入し、医療事故が業務上過失致死傷罪に問われる今の日本の実情は、諸外国と比較しても異常な事態 です。
例えば英国圏のオーストラリア・ビクトリア州などでは、コロナー(検死官)制度のもと、司法関係者と法医・病理医が協力し、医療関連死を解剖し臨床評価 を行ない、死因を究明し再発防止に生かす仕組みが確立しています。また患者の苦情を受付け、調停を行なう仕組みも機能しています。
いま、厚生労働省のもと「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」での論議がすすめられています。いまこそ、上記4つの機能や 行政処分などのあり方を含めた総合的な施策立案が求められていると考えます。全日本民医連は、あらためて「医療事故を取り扱う第三者機関」(以下、「第三 者機関」)の早期実現をめざして、以下のように要望します。
1.医療機関・患者双方から相談を受け付ける相談窓口の確立
(1)医療安全支援センターの充実強化
医療事故が発生した際、被害を受けた患者側、医療機関側双方が相談することができ、客観的な判断をあおげる相談窓口が必要です。2003年から設置が進 められた医療安全支援センターは、現在各都道府県に設置され、年間40,000件を超える相談を受付けています。医療に係わる苦情や医療事故の一般的な相 談先として、さらに国民の期待に応えられるよう、充実強化が求められています。専門的知識と経験を備えた人材を配置し、十分な体制をとることを求めます。
(2)死亡事例の届け出について
現在、医療関連の死亡事例について医師法21条の適用範囲が広がりつつあります。この法律のそもそもの立法主旨からみて、基本的に医療関連の死亡を医師 法21条の届け出対象と考えることはなじまないと考えます。また警察の捜査は過失の有無を判断し、個人の責任を追及することが目的です。医療事故の発生に は、システムの問題が大きく介在しており、個人の責任追及では問題解決につながりません。医療事故の調査で重要なことはシステムの欠陥を見つけ出し再発防 止に生かすことであり、警察による捜査は医療事故の調査には不適切です。
医療関連死の届け出先は、警察ではなく、公正・中立の専門機関とすべきで、速やかに原因究明と再発防止のための調査と連携することが必要です。医療関連 死の定義を明確にした上で、届け出および調査の対象を法定することを求めます。遺族からも届け出ることができるようにすべきです。
医療関連死の届け出窓口としては、いま国が検討している死因究明のための機関に受付け窓口を備えることが適当と考えますが、医療安全支援センターや保健所なども選択肢になると思われます。
2.被害者の救済制度の創設
医療機関側の過失の有無にかかわらず、医療事故被害者を救済する制度の検討を要求します。 財源としては、国の予算の範囲内だけで考えるのではなく、医療機器メーカーや医療機関からの拠出金、診療報酬の一部を充てるなどの検討が必要です。すでに 副作用被害については、無過失補償としての医薬品副作用救済制度があります。諸外国では、スウェーデンやニュージーランドなどで被害者救済についての先進 的な例があります。
いま、産科の脳性麻痺に対する無過失補償制度の検討が進められていますが、国民の理解と納得が得られる制度にすることが必要です。
3.裁判外での紛争処理機関の設置
医療事故被害者にとって、医療過誤裁判をたたかっていくことは、精神的にも経済的にも大きな負担
となります。被害者側が医療機関の過失責任を立証しなければいけない上、結審まで長期間にわたり、
敗訴した場合は多大な費用負担が残ります。また、医療事故被害者の願いとして「真実が知りたい」「真摯な謝罪がほしい」「このような事故は私たちを最後に してほしい」ことが大きいといわれていますが、裁判では過失の有無の判断が焦点になるために、必ずしも被害者の願いに応えることができない状況がありま す。また再発防止には役立ちません。
事故原因を明らかにし、被害者、医療機関の間の対話を促進し、調停を行ない、裁判によらない紛争解決を行なう機関が必要です。モデルとしては、スウェー デンの監視局(HSAN)、オランダの苦情処理委員会、オーストラリア・ビクトリア州のHSC(ヘルス・サービス・コミッショナー/患者の苦情を受付け調 停を行なう機関)などがあり、それらの経験を参考にすべきです。
日本でも、相談窓口を設置し、対話による解決をめざしている病院が増えています。国は、個々の病院の努力を奨励し、支援するとともに、制度として医療事故の裁判外紛争処理のしくみを整備することを求めます。
4.医療事故を調査し公開し、原因究明・再発防止に役立てる機関の設置を
(1)診療行為に関連した死亡の死因究明機関の確立を
診療行為に関連した死亡の死因究明機関の検討が進んでいます。この動き自体は一歩前進だと考えますが、機関の目的が「原因究明・再発防止」にあることを 明確にする必要があります。個人の責任は追及しない前提から、調査結果の警察の捜査への活用は不可と法定することが必須です。従って、今回設置される機関 への届け出は医師法21条に基づく届け出とリンクさせないこと、同時に業務上過失致死罪の捜査の端緒とならないことを求めます。(ただし、調査の結果、非 常に悪質な行為が明らかになった場合については、死因究明機関による調査を中断し、警察の捜査に引きつぐことは考えられます。)
なお、調査事例はかなりの数になることが予想され、調査対象の定義について充分な検討が必要です。調査は当面、死亡事例に限定することが望ましいと考え ます。医療関連死の発生状況から、調査機関は国レベルで設置するとともに都道府県単位の設置が必要と考えます。
調査方法の確立にあたっては、オーストラリア・ビクトリア州などの先進的な経験に学び、臨床医・病理医・法医学者・看護師・法律家など関係者の総力を結 集することが必要です。解剖については「モデル事業」の経験から学ぶことが必要です。臨床調査担当者を置き、臨床経過および死因について(1)診療記録の 調査および関係者への聞き取り調査から事実経過の正確な把握と医学的評価、(2)第三者的立場の専門医からの意見聴取、(3)文献検索、(4)関連する医 療機器、器具の不具合の検討、などを行い調査を進めていくことが重要です。一般に、事故調査報告書は事実経過・分析・結論(医療評価)・勧告の四つの部分 から構成されます。設置される機関の目的に沿って特に「結論」と「勧告」が原因究明と再発防止の視点で貫かれることを求めます。
また、専門性の高い公正で中立的な組織の確立のためには、医療関連死の死因究明専門家、事故調査専門家の養成が求められます。優秀でやる気のある専門家を養成できるように国に養成制度を設けることが必要です。
参考:外科学会の提言「診療行為に関連して発生した有害事象の原因究明等は、専門性の高い中立的な組織においてなされるべきであり、刑事司法が介入すべきではない。」
(2)院内事故調査委員会の設置について
医療事故が発生した場合、当事者である医療機関が自主的に事故調査するのは当然のことです。院内事故調査委員会は、第三者が参加する委員会が望ましく、 院内調査の結果は基本的に遺族に開示することが求められると考えます。国と厚生労働省は、支援制度を設け外部調査委員の派遣など当事者である医療機関の自 主的な調査の支援をする必要があります。
(3)情報の公開、教訓の普及
再発防止のために情報の公開、教訓の普及が重要です。医療機能評価機構/医療事故防止センターの事例収集事業や安全情報とのリンクなども考えられます が、国家的なレベルで事故情報が収集されるシステムの開発が求められます。例えばイギリスには、NPSA(National Patient Safety Agency=国立患者安全機関)という機関があり、インシデント・アクシデント報告を国家的に収集し、分析結果を各医療機関にフィードバックする仕組み があります。オーストラリアでは、NCIS(National Coroners Information System/国立コロナー情報システム)という仕組みがあり、全国のコロナーが取り扱った死亡について、解剖結果、コロナーの結論や提言などの情報を集 積し、データベース化されており、死因の検討に活用されています。
5.自律した行政処分を行なう機能の確立を
医療従事者の行政処分については、医道審議会が独立性と透明性を確保し、独自の調査システムを持つものとして再出発するなど、充実強化の具体化を求めます。
おわりに
全ての機能をカバーする機関の立ち上げは相当の困難が予想されます。機能別に組織を整備し連携をはかることや、既存の組織の充実強化も含め、柔軟に検討していくことを求めます。
実効性ある「第三者機関」のためには、十分な財源を確保することが必要です。粗い試算で、数百億円の財源が必要と思われます。そして特定の団体の影響を 受けず、独立性・中立性を保つこと、患者の声を反映すること、必要な人材を確保・育成することが求められます。
いま、日本においては医療費抑制政策の下、医師・看護師の数は絶対的に不足しています。労働強化が極限に達し、医療の現場では安全性や質が保てない状況 が生まれています。その中で医療事故問題、とりわけ警察の介入が拍車をかけ、医療従事者の士気の低下が指摘されています。医療の安全性・質を高め、国民の 医療に対する信頼をとりもどしていくために、そして医療従事者が誇りをもって働いていくために、以上述べた機能をもつ「第三者機関」の実現は急務です。厚 生労働省がイニシアチブを発揮し、公的医療費抑制政策を抜本的に転換し、「第三者機関」の早期実現のために力を尽くされることを要望いたします。
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