厚生労働省「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性」についての意見
全日本民主医療機関連合会 医療部長 小西恭司
全日本民主医療機関連合会(以下、全日本民医連)は、「医療事故を取り扱う第三者機関の設 置を求める要望書」(2004年2月)を厚生労働省に提出しました。要望書の中で「第三者機関」には(1) 医療機関・患者双方から相談を受け付ける相談窓口(2)被害者の救済制度の創設(3)裁判外での紛争処理機関の設置(4)医療事故を調査し公開し、原因究 明・再発防止に役立てる、という4つの機能があることを明らかにし、事故調査のあり方について次のように提言しました。
「医療事故が発生した場合、当事者である医療機関が自主的に事故調査するのは当然ですが、 客観的に事故原因を分析する上では、第三者による調査が不可欠です。一定の地域ごとに調査団を組織し必要な場合に出動する、あるいは事故を起こした医療機 関に外部調査委員を派遣することができる第三者機関が必要です。日本学術会議は、国・都道府県・郡市の単位で事故調査機関をつくることを提言しています。 そして調査結果から再発防止策を検討し、同様の事故を起こさないようにすることが必要です。死亡事例の場合には、積極的に剖検が行えるような体制づくりも 必要です。
医療の安全性・質を高め、国民の医療に対する信頼をとりもどしていくために、以上述べた機能をもつ第三者機関の検討は急務であると考えます。運営のため の財源や人選について、特定の団体や企業の影響を受けず、患者の声も反映できる公正・中立な機関を国や自治体が責任をもって確立することが必要です。
第三者機関が役割を発揮するために、制度を支える人材の育成が急がれます。医療安全を専門分野とする医療従事者、医療事故問題に詳しい法律家の育成などです。
そして、第三者機関の調査と警察の捜査との関連を検討する必要があります。警察の捜査は犯罪の有無、個人責任を問うものであり、第三者機関の調査とは目 的が異なります。警察の捜査は第三者機関の調査を尊重してなされるべきです。」
今回、厚生労働省の「診療行為に関連した死亡の死因究明等のあり方に関する課題と検討の方向性」についてのパブリックコメント募集に対して2004年2月の要望書を基礎にその後の情勢の変化をふまえた論点整理を行い、以下意見を表明します。
論点
1.
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策定の背景について:以下の3点を明記・補強することを求めます。 |
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機関設置の目的について |
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3. |
調査機関をどこにどのように設置するのか |
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4. |
事故調査委員の構成と養成 |
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5. |
届け出制度(申請窓口) |
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6. |
調査のあり方についてー手順 |
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7.
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調査のあり方についてーその他 |
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8. |
再発防止のための取り組み |
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9. |
行政処分・刑事との関係 |
具体的な内容
1.策定の背景について
1)安全・安心の医療は患者家族と医療従事者の共通の願いであり、国民的な要求です。
「患者家族にとって医療は安全・安心であることが期待されるため、医療従事者には、その期待に応えるよう、最大限の努力を講じることが求められる」(課 題と検討の方向性)今、(1)医療の安全性と質向上、(2)医療に対する苦情や事故に対する相談の要望、(3)医療事故の調査・原因究明、事故の再発防止 の要求、(4)被害者の救済制度の創設、(5)裁判外での紛争処理機関の設置などは国民的な要求となっています。
この点での患者・家族の願いと医療従事者の願いはいまや共通です。したがって、「安全・安心の医療」は、患者・家族が望んでいて、医療従事者がそれに応 えて最大限の努力をするという側面だけが強調されるのでは不十分です。その共通の願いがあるからこそ、医師を始め、医療従事者は患者の期待にこたえるため に常に最大限の努力をし、不眠不休の医療活動を実践しています。しかし、その努力が限界に近づいているのです。
こうした問題の所在を明らかにして、(1)から(5)の実現のために国民が力を合わせること、国が責任をもって対応する必要があることを強調すべきと考えます。
2)国や自治体が責任を持つ公正中立な第三者機関が求められています。
医療の安全性や質の向上、死因究明や再発防止などを追求することは世界的な流れで す。その中でオーストラリアなど先進的な制度を創り上げてきている国も生まれており、その経験から学ぶことが大事です。
諸外国との比較でみても、日本は国としての対応の遅れ、不十分さがあり、そのことが今日の事態をより深刻にしている最大の要因です。設置される機関は、 予算や人の配置を十分に行ない、国や自治体が責任をもつ組織とすることを求めます。
3)医療費抑制政策下の医師・看護師不足と医療従事者の過重労働で患者の安全が脅かされています。
日本においては、医療費抑制政策の下で、医師の労働強化が極限に達し、急性期病院から医師退職が続き、急性期医療の現場を担う医師不足が深刻です。特に 麻酔科・産科・小児科・内科各専門科・外科・整形外科・救急の現場などで当直あけの手術や診療など安全性や質が保てない状況が生まれています。
また、関係する臨床医が超過密労働のため、事故調査に充分時間を割けない現状があります。医療事故の再発を防止するためには医師の労働条件を改善することが必須です。
現在、日本の医師数は絶対数の不足があり、医師数を増やす抜本的な政策転換が求められます。特に急性期病院の勤務医については直ちに対応が求められます。
患者の安全を守るために、医師・看護師不足の原因となっている医療費抑制政策を直ちに改めることを求めます。
2.機関設置の目的について
「設置する機関は、総合的な施策のもとに調査・原因究明、事故の再発防止を目的とし、個人や医療機関の過失や法的責任を追及することを目的としないことを求めます。」
「医療事故を取り扱う第三者機関の設置を求める要望書」(2004年2月)で示した4つの機能や行政処分などのあり方を含めた「総合的な施策」(注2、 参考:英国の第三者機関)の立案を求めます。その上で、今回の機関設置を「総合的な施策」の中心課題に位置づけ、その目的を「診療行為に関連した死亡の調 査・原因究明、事故の再発防止」とし、個人や医療機関の過失や法的責任を追及することを目的としないことを求めます。
2006年3月の福島県立大野病院事件は、医療界に大きな衝撃を与えました。事故調査に積極的に協力した医師を業務上過失致死、医師法21条違反で逮捕 するという警察の突出した動きでした。また、第三者が入った調査委員会の事故調査報告書を医師逮捕の根拠にした形跡もあるなど、その懲罰的対応は医療事故 の原因究明や再発防止と無縁のものであることを、その後の経過や影響が象徴的に示しています。(注1)
(注1)参考資料:福島県立大野病院事件に対する全日本民医連の声明(全日本民医連ホームページ)
(注2)英国における1997年のブリストル事件でコロナー制度(=死因究明の行政解剖の制度)が機能しなかったことと、GMC(医師の行政処分などを行う機関)が 問題を発見できなかった。この衝撃を受け止め、2001年から改革をすすめている。現在、英国にはさまざまな機能を持った第三者機関が設置され、相互に透 明性を高める為に独立した機関としてあり、また相互に関連性を持って活動している。英国の当事者は、必ずしも機能的でない部分、連携が不十分な部分がある ことを認めており、改革の途上にある。以下のような第三者機関がある。
1) |
コロナー制度(=死因究明の行政解剖の制度)⇒医療関連死の届出増加、コロナー解剖の全国調査 |
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2) |
GMC(医師の行政処分などを行う機関)⇒97年から医師の質を評価し、行政処分 |
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3) |
2001年からの改革:保健省の外に独立した国家的な規模の第三者機関の創設(01年) |
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英国の例をみてもひとつの第三者機関がすべてに関わることはできない。今回組織される委員 会の目的を明確にすることが重要である。今回設置する委員会は原因究明による事実の認定と再発防止を目的にする。従って、医師や医療機関の行政処分や紛争 の解決は別組織の課題とすること。そして行政処分や紛争の解決、患者救済の組織も同時に発案・準備することが求められると考える。
(2006年12月2日~10日、全日本民医連の英国第三者機関調査《専門家の調査に同行》から)
3.調査機関をどこにどのように設置するのか
「海難審判庁や鉄道・航空事故調査委員会等と同様に国が責任を持つ委員会を設置し、ブロック単位・都道府県にも委員会を設置することを求めます。」
海難審判庁や鉄道航空事故調査委員会等を参考に、国が責任を持つ調査機関を厚生労働省のもとに設置(例えば、医療事故調査委員会)することを求めます。 漸次、都道府県・必要なブロック単位にも委員会を設置し、運営規定を設け、相互に役割を明確にすることを求めます。
医療費抑制を前提に民間などに完全に委託するやり方では独立性と透明性=公正中立さを保つことができず、死因究明はもちろんのこと、事故の原因究明と再発防止はできません。
4.事故調査委員の構成と専門家の養成
「国民が納得できる構成を求めます。さらに死因究明専門家、事故調査専門家の養成が必須です。」
当面、常勤・非常勤の病理学者、法医学者、各医学会関係者(臨床医)、看護師、法律家・学者・一般市民などで組織しますが、死因究明専門家の養成を求め ます。医師・看護師・法律家などの職種を中心にした死因究明専門家、事故調査専門家を養成することを明記し、予算(注3)を組むことを求めます。
(注3)全日本民医連のオーストラリアの第三者機関調査によるとオーストラリア/ビクトリア州の法医学研究所(VIFM)の予算は年間18億円です。人口が4~500万人ですから、人口規模だけで日本に換算すると540億円になります
5.届け出制度(申請窓口)
「医療機関ならびに遺族の双方からの申し出ができることを求めます。」
申請窓口は都道府県単位に設置することを求めます。保健所など既存の医療関係者が配置される組織の活用が望ましいと考えます。申請窓口は、「医療安全支 援センター」も選択肢になりうると考えます。ただし、人的配置を充実させ、判断権限を与えることが必要です。医療機関ならびに遺族の双方からの申し出によ り必要な事例の調査が開始されることを求めます。
6.調査のあり方について
「『モデル事業』の解剖と臨床調査の実績を尊重し、その経験から学び、『モデル事業』を発展させる視点で調査のあり方を策定することを求めます。」
「モデル事業」の解剖と臨床調査の実績を尊重し、その経験から学ぶとともに、「モデル事業」を発展させる視点で調査のあり方を策定することを求めます。 「モデル事業」を通じて蓄積された必要な人材の育成のあり方を更に研究し、育成を行うことが必要です。CTの撮影は解剖例・非解剖例の全例に行う方向で検 討することを求めます。解剖は承諾解剖などとなると考えられます。病理医・法医学者など関係者の総力を結集することを求めます。現在病理医が常勤していな い中小病院も多く、どこで解剖するかは英国圏の経験なども踏まえて充分な検討を求めます。
臨床経過および死因などの調査では臨床調査担当者を置き、(1)診療記録の調査および関係者への聞き取り調査から事実経過の正確な把握と医学的評価、 (2)第三者的立場の専門医からの意見聴取、(3)文献検索、(4)関連する医療機器、器具の不具合の検討が重要です。一般に、事故調査報告書は事実経 過・分析・結論(医療評価)・勧告の四つの部分から構成されます。設置される機関の目的に沿って特に「結論」と「勧告」が原因究明と再発防止の視点で貫か れることを求めます。
7.調査のあり方についてーその他
1)機関の調査対象について
「調査(報告)対象は法定することを求めます」
「診療行為に関連した死亡」の定義を明確にした上で、調査対象を法定することを求めます。犯罪は調査対象となりません。法定すれば調査事例はかなりの数 (注4)になることが予想され、調査対象について充分な検討が必要です。調査は、当面死亡事例に限定することが望ましいと考えます。
(注4)根拠:英国では、年間の全死亡513千人(人口の1%)の約45%がコロナーへ届け 出。その50%(全死亡の22%約12万人)がコロナー解剖される。コロナー解剖の約10%(1万2千人)に検視法廷(インクエスト)が開かれる。例え ば、北ロンドンコロナー法廷が扱う事案は年間4千件で15%が医療関連死であり、コロナー法廷に来るのはその一部である。
日本の2005年の年間死亡数は厚生労働省の人口動態統計によれば1083796 人であり、病院79.8%、診療所2.6%、介護老人保健施設0.7%、老人ホーム2.1%、自宅その他14.7%である。英国の例にならって22%が司 法解剖されるとすると年間約24万人となる。また、 英国CRSU(clinical safety research unit):臨床安全調査部門のヴィンセント教授の報告によると国際的に医療関連の有害事象による死亡はどの国でも10%前後と考えられている。すると、 病院と診療所での死亡数約89万人の10%である8万9千人が医療関連死として届け出される可能性があり、全例法医解剖(承諾解剖などを含む)となる可能 性がある。この場合、1ヶ月に約7400人、毎日約250人の解剖が必要であり、膨大な数となる。
(2006年12月2日~10日、全日本民医連の英国第三者機関調査《専門家の調査に同行》から)
2)院内事故調査委員会の設置について
「法的規定をもうけ、例えば特定機能病院、臨床研修指定病院、急性期病院などは院内事故調査委員会の設置を義務付ける」ことを求めます。
院内事故調査委員会は、第三者が参加する委員会が望ましく、院内調査の結果は基本的に遺族に開示することが求められると考えます。また、院内事故調査委 員会は、今回設置される調査機関の調査(診療録の調査、関係者の聞き取り)の受け皿となることができます。
8.再発防止のための取り組み
航空機事故調査において「事故調査報告書は『事実情報』『解析』『結論』『勧告』の四つの部分から構成されるが、米国、ニュージーランド、オーストラリ アでは『解析』『結論』『勧告』の部分は、本来の目的以外の使用ができないように立法化している。責任追及より真相解明に力を入れることが、結果的に国民 の福祉につながるとの考え方が定着しているのだ」(参考:朝日新聞2007年1月24日「私の視点」、石山勉)そうです。
事故・ミスは個人の過失というよりもシステムエラーのひとつの現れであり、同じような事故は必ずまた起こりえます。再発防止のためには「死因(原因)の 究明」を優先すべきであって、「過失」の有無の判断(過誤の認定)を調査目的に入れるべきではありません。過失の有無の判断を調査目的に入れると、むしろ 再発防止の取り組みを阻害する危険性の方が大きく、結果として制度そのものがうまく機能しなくなります。
調査報告書にもとづいて法的責任を問うことは「百害あって一利なし」であり、死因究明・再発防止の制度そのものが成り立たなくなることを、英国圏など他国の経験もふまえて再三再四強調しておきます。
さらに、再発防止のために情報の公開、教訓の普及が重要です。医療機能評価機構の安全情報とのリンクなども重要ですが、国家的なレベルでインシデント・ 事故情報が収集されるシステムの開発が求められます。事故情報を収集分析し再発防止に生かす機関の国家的な再編を求めます。
9.行政処分・刑事との関係:
行政処分については、医道審議会が、独立性と透明性を確保し、独自の調査システムを持つ医道審議会として再出発するなど、充実強化の具体化を求めます。
刑事との関係:個人の責任は追及しない前提から、当然刑事への活用は不可と法定することは必須です。従って、今回設置される機関への届け出が、医師法21条に基づく届け出とリンクしたり、同時に業務上過失致死罪の捜査の端緒とならないことを求めます。
(1)「事故調査の目的は事故の再発防止であり、当事者に罪や責任を科すことが目的でないことを明記すべきである。したがって、事故調査で得られた情報を 再発防止以外の目的に使うことを制限することが必要である。」(参考:朝日新聞2007年1月24日「私の視点」、石山勉)
(2)吉田らは、2004年には、「日本では、警察対応を望む遺族もいるので、遺族が警察に告発する道は残さざるを得ない」(日本医事新報No4201) と述べていますが、先に述べたとおり遺族の刑事告発に調査報告書の利用を認めると調査委員会そのものが成り立たないと考えます。その後、モデル事業の進展 の過程で吉田は「モデル事業の調査の目的は、法的責任の追及でないことを明示すべきである。そして、従来の調査から、遺族が過失の追求や賠償よりは、真相 の究明と説明、事故の再発予防を望んでいることがわかっている。終局的には、『故意でない医療行為に業務上過失を問うべきでない』点に関する政策論争を行 い、刑事免責条項と届け出対象を法に定め、原因究明と事故予防の目的であることを明記した解剖と調査をすべきことが求められる。」(医療関連死第7回 吉 田謙一 病理と臨床2006 vol.24 no.5)と今後の議論に道を残しながら、あらためてモデル事業の性格付けを行っています。