映画 104歳、哲代さんのひとり暮らし
文・新井健治(編集部)
長生きも、いいもんだな
「あーおいしい」とお茶を飲む石井哲代さん
映画「104歳、哲代さんのひとり暮らし」が、4月18日から全国公開される。
広島県尾道市でひとり暮らしを続ける石井哲代さんの、101歳から104歳までをつづったドキュメンタリーだ。
映画の冒頭、哲代さんは杖をつきながら自宅前の坂をそろりそろりと後ろ向きにおりる。道端の雑草を抜きながら、「これがね、年寄りの仕事」と言う。その姿を追うカメラマンに向かい「写真とってもらうことのほどはナイチンゲールよ」とダジャレで照れ隠し。
哲代さんの自宅には、姪や近所の人が代わる代わるやって来る。明治時代の急須を出してきて、お茶を振る舞う。「みんなになぁ大事にしてもろうて。ほんまにいい人生ですよ。だった言うたらいけん。人生です。ingでいきます」。そう言って「えへへへへ、あはははは」と大笑い。
哲代さんは毎日、自分で育てた野菜で味噌汁を作る。カメラが寄るのは錆びだらけの包丁。「切れますでしょ、年取ってもね。人間もそう。年取ったけだめ、ゆうんじゃなくて」。
コロナ禍の面会
102歳の秋、妹の桃代さん(95歳)が入居する施設に面会へ。桃代さんの8歳のひ孫が「なんで100歳まで長生きできるの」と聞く。「そりゃねえ、何でもいただくんです」と哲代さん。3歳のひ孫を車いすの膝に乗せて、きれいな紅葉の道を歩く。
映画を撮った山本和宏監督(37歳)は「長く生きていると予想もしない幸せに巡り合える。ああ、長生きしたいなあ、と生まれて初めて思えました」と言う。監督には3月、長男が生まれる。
面会といっても、コロナ禍のさなか。アクリル板越しに、わずか10分だけ。帰宅してから詩を書く哲代さん。〈貴女にふれたい ぬくもりをたしかめたい 二人をへだてる窓ガラス なんと厚いことでしょう〉
親戚が集まった102歳の誕生会。「私は100歳まで生きたくない。認知症になるのがすごく不安」と言う人も。「知らん間に生きているんですよ。あっという間に」と哲代さん。
80年ぶりの再会
1920年(大正9年)生まれの哲代さんは20歳で小学校教師に。103歳の春、最初に担任したクラスの同窓会に呼ばれた。米寿の記念に集まったのだ。88歳の教え子に「おおきゅうなったね」と80年ぶりの再会を喜ぶ。
「大きい返事をするんですよ」と言って、一人ひとりの名前を読み上げる。「あの頃はよう、おもらしして。男の子が多いんよ。川でじゃぶじゃぶ洗った」。
初めて担任を持った1941年は日米開戦の年。「早く戦争がすめばという気持ち。この子らを参加させてはいけん」。哲代さんは静かに当時を振り返る。
本家の跡取り
いつも明るい哲代さんだが、若い頃は苦しい思いもした。26歳で恋愛結婚した石井良英さん(2003年に80歳で他界)は、本家の跡取り。哲代さんに子どもはできなかった。
「解決できんことは前向きに考えた方がええかな。沈んでもどうにもならんことじゃけねえ」。埠頭で海を眺めながら、自分を納得させるように語る。
101歳で要介護1の認定を受けた。物忘れは次第に多くなり、ガスコンロで服を焦がしたことも。持病の悪化で入院もするが、それでも体調が良くなれば自宅でひとり暮らしを始める。
「ひとり暮らしにこだわるのも『本家を守る』という強い意志の表れではないか」と山本監督。子どもがいないから、自分が家を守らなければならない。雑草を抜くシーンは映画のひとつのキーワードだが、「同じように家の周囲をきれいにしてきた姑を思い出し、草を抜きながら会話しているのではないでしょうか」と言う。
映画は1月から、地元の広島で先行公開中。劇場では哲代さんのユーモアに誘われ、さざ波のように観客に笑いが起きた。山本監督は「テレビとは違い、劇場だからこそ共感の輪が広がる。元気が出る映画です」と言う。
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哲代さんは4月29日、105歳の誕生日を迎える。寒い冬は施設で過ごすが、春になったら、またひとり暮らしをしたいと思っている。
上映情報
4月18日(金)から、シネスイッチ銀座(東京)、京都シネマ、ガーデンズシネマ(鹿児島)ほか全国順次公開/94分
監督:山本和宏
ナレーション:リリー・フランキー
配給:リガード
©️ 「104歳、哲代さんのひとり暮らし」製作委員会
いつでも元気 2025.4 No.401
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