スラヴ放浪記 手術はいつ始まるの ポーランドの入院事情
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

手術前日の病院食。肉料理もある
幸か不幸か、これまで縁のなかった病院に行く機会が増え、新しい発見が続いている。1月末、友人のアレクが手術のため、ポーランドの首都ワルシャワ市内の公立病院に入院した。筆者はアレクの家にたびたび遊びに行くが、彼は大の料理好きで食べることはもっと好き。
夏に筆者がファミリーサイズのアイスを買っていくと、家族の分は小さな器に分け残りは彼が一気に食べる。旺盛な食欲が体重増加につながり、長年にわたって膝に負担をかけた結果、左膝の軟骨が摩耗しボルトを入れる手術をしなければならなくなった。
手術の予約には苦労した。保険加入者が無料で受診できる公立病院は、常に予約で満杯。手術まで1年以上待たされることもある。幸いアレクは、本人の希望の日時を選ぶことができた。自宅から車で約15分のワルシャワ南病院に決まり、本人と家族は安堵した。
さて、入院の日がやって来た。筆者もポーランド南部のクラクフからワルシャワへ駆け付けた。アレクの妻アシャが、「アレクから病院の写真がスマホに届いた」と言う。写真は病院の夕食で、スープやサラダ、肉料理もありおいしそう。
この食事は手術前日の〝最後の晩餐〟とのこと。肝心の手術だが、何時に始まるのか、病院スタッフに聞いても誰も分からない。日本なら手術の開始時間が不明というのは、考えられないのではないか。
翌朝、アシャとともにアレクを見舞った。病院は新しくて清潔。1階には温かい食べ物を提供する自動販売機が充実しており、来訪者専用の無料ロッカーもある。売店にはパンやケーキ、ランチセットのほか、衛生用品や雑誌も販売。ロビーにはテーブルやいすがあり、人々は自由に食事をとることができる。
病室は2人部屋だが、アレク以外は誰もいなかった。「テレビがないのでつまらない」「やることがない」とアレクは嘆いていた。何より辛いのは、いつ手術が始まるのか分からず、当日になってもただ待つことしかできないこと。そして長時間の絶食による空腹だった。
アシャは待ち続けるストレスに耐えられず、いったん帰宅した。なおも情報がないことにしびれを切らし、リビングで泣き始めた。「アレクがかわいそう。こんなに待たされて」。
午後5時、ようやく手術開始の連絡が届いたが、今度はいつ終わるのか分からない。家族全員がハラハラしながら連絡を待った。午後9時、手術終了の連絡を受けたアシャは安堵のあまり涙を流して喜んだ。
翌朝、筆者はアレクの好物の鶏のから揚げを大量に作り、アシャの家族とともに見舞った。アレクの顔はやつれていた。ボルトの入った足の激痛に、ひと晩中うなっていたらしい。昼に病院食が届いたが、彼は見向きもせず「から揚げ弁当をくれ」と言い、うれしそうに頬張った。
この後、アレクを待っているのはリハビリと30㎏減のダイエット。心配した家族のためにも、強い意志をもって成し遂げなければならない。
ちなみに、アレクの息子のクバは数年前に腰痛がひどくなり、公立病院で手術を予約しようとしたが、1年後になると告げられた。
手術が必要なほどの腰の痛みを、1年も耐えしのぶなど無理だ。やむなく医療費を全額自己負担するプライベートクリニックを選択。費用は日本円で約10万円、半額を本人、残りを両親が負担した。単純に日本と比較するのは難しいと思うが、読者のみなさんはどう思うだろうか。
いつでも元気 2025.4 No.401
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