まちのチカラ 愛知県東栄町 鬼が笑い花が舞う奥三河の隠れ里
文・写真 橋爪明日香(フォトライター)

鬼がまさかりを振り回して乱舞する花祭
愛知県の北東部に位置する東栄町。
〝奥三河のナイアガラ〟の蔦の渕や
希少な鉱物を使った化粧品、
700年続く花祭など魅力がいっぱい。
豊かな自然と伝統文化の息づく町を
訪ねました
JR豊橋駅から北上すること約60㎞、静岡県に隣接する東栄町に到着しました。明神山を筆頭に700〜1000m級の山々が峰を連ね、その間を縫うように大千瀬川や奈根川が深い谷を刻んでいます。集落は急流沿いのわずかな平地や緩斜面に点在し、山間地域特有の生活風景を形成しています。
まず向かったのは〝奥三河のナイアガラ〟の異名を持つ蔦の渕。大千瀬川のほぼ中央にかかる、幅約70m、落差約10mの大滝です。近くにとうえい温泉があり、温泉裏手の遊歩道を歩いて1分の展望台から迫力ある大滝を間近に見られます。展望台の向こう岸にある「蔦の渕右岸駐車場」からは、滝の近くまで歩いていくこともできます。
滝口はマグマが固まってできた安山岩の地層で、滝壺は泥岩の地層。軟らかい泥岩は硬い安山岩よりも早く浸食されるため、滝壺となりました。この滝には竜神が住むという伝説も残され、竜宮城へつながっているとの言い伝えも。轟々としぶきを上げる雄大な滝を、いつまでも眺めていたくなります。
セリサイトで手作りコスメ
次に訪れたのは、閉校した小学校を活用したのき山学校。懐かしい雰囲気の木造校舎の中には、町図書室の「のき山文庫」やカフェ「のっきぃ」などがあり、子どもも大人ものんびりと楽しめる体験交流施設です。
のき山学校の教室で行われた、手作りコスメティック体験に参加しました。主催の「naori なおり」は、地域おこし協力隊をきっかけに東栄町に移住した大岡千紘さんが運営しています。「ファンデーションの原材料を知っていますか?」と、大岡さんの講義からスタートです。
ファンデーションの主要な素材の一つがセリサイト。和名を絹雲母という粘土鉱物の一種で、多くの化粧品に含まれます。国内では東栄町だけで採掘され、外国産のものと比較して品質が高く、世界中の化粧品メーカーに愛されています。
体験ではファンデーション作りに挑戦。必要な材料を混ぜ合わせ、自分の肌に合う色に調整したら完成です。ツルツルで肌に滑らかに馴染みます。原材料に触れることで、安心・安全な化粧品を選ぼうという意識が高まりました。
町産のセリサイトは、あと何年採掘できるか分からないとのこと。毎月第2土曜日にはセリサイト採掘鉱山探検も開催され、実際に使われている坑道を見学できます。
古民家とロック
町東部の月地区で存在感を放つ多国籍・創作料理のお店が、古民家ダイナー月猿虎 です。
名古屋出身の河原和明さんとアメリカ・ミネソタ州出身のタナさんは元バンドマン。音楽を通じて知り合い、名古屋で飲食業を営んでいました。田舎暮らしに憧れた二人は、空き家バンクに登録されていた築約100年の古民家を改装し、2017年に店をオープン。個性的な店名は二人の干支、猿と寅からつけました。
おしゃれな内装の店内には、ギターやドラムが置かれています。昼は日替わりランチを提供し、夜は各地のクラフトビールが飲める居酒屋に。和と洋のオリジナルレシピはどれも絶品です。
この日注文した奥三河ジビエランチは、鹿肉のローストにミートローフ、猪肉のメンチカツと自家製野菜が、ワンプレートに彩りよく盛られています。デザートにはアメリカンスタイルのスイーツもおすすめ。
「町内外の人が気楽に立ち寄れるお店を続けたい」と話す河原さんは、店内で定期的に音楽ライブを開催。音楽と料理で人と人とのつながりをつくります。
神々と遊ぶ 花祭
町内の各地区で開催される花祭。鎌倉時代から700年以上にわたり伝承される伝統神事です。国の重要無形民俗文化財に指定され、毎年11月〜1月の寒い時期に夜を徹して、または朝から晩まで約40種類の舞が展開されます。今回は山の中の集落、中在家地区の花祭を訪ねました。
太鼓のリズムと笛のメロディー、「テーホヘテホヘ」という独特のかけ声に合わせ、観客も一体となって体を動かします。冬の寒さで衰えた太陽と大地の生命力を呼び醒ますために、八百万の神を迎えるこの祭り。子どもたちによる「花の舞」、まさかりを振り回す鬼たちの乱舞、釜の湯をふりかける「湯ばやし」などが勇壮に、そして厳かに繰り広げられます。
鬼の面は一本の木から掘られ、大きさや表情もさまざま。神の化身や使いとして悪霊をはらう役割を持つ鬼は、住民から敬意を込めて「鬼様」と呼ばれます。
中在家地区は現在6戸のみと花祭を継承する地区の中では最小ですが、近隣の同志たちの協力を得て温かな雰囲気の中で運営されています。花祭をきっかけに移住を決めた人もいるとか。参加すればたちまちこの空気の虜になってしまう、不思議な力を秘めた祭りです。
山間の暮らしの中で、住民たちが大切に守ってきた宝が輝く東栄町。ぜひ一度あなたも訪れてみてください。
■次回は静岡県西伊豆町です。
まちのデータ
人口
2,703人(12月末現在)
おすすめの特産品
若鶏、鮎、ジビエ、五平もち、そば、山菜
アクセス
JR豊橋駅から東栄駅まで電車で約1時間半、車で約1時間15分
問い合わせ
東栄町観光まちづくり協会
0536-76-1780
いつでも元気 2025.3 No.400
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