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いつでも元気

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聞こえない医師の わたしの生きる道

文・八田大輔(編集部) 写真・豆塚猛

いまがわ・りゅうじ 岡山市生まれ。筑波大学医学類卒業(2012年度)。2023年から民医連の川久保病院(岩手県盛岡市)、24年から総合診療医として東大阪生協病院に勤務。高校からラグビーを始め、大学生の時にデフ(聴覚障がい者)ラグビー日本代表(フォワード)。今も毎朝ジムに通い、筋トレを欠かさない。身長165㎝、体重115㎏。

いまがわ・りゅうじ
岡山市生まれ。筑波大学医学類卒業(2012年度)。2023年から民医連の川久保病院(岩手県盛岡市)、24年から総合診療医として東大阪生協病院に勤務。高校からラグビーを始め、大学生の時にデフ(聴覚障がい者)ラグビー日本代表(フォワード)。今も毎朝ジムに通い、筋トレを欠かさない。身長165㎝、体重115㎏。

日本の聴覚障がい者は約34万人。
東大阪生協病院の医師、今川竜二さんもその一人。
生まれつき耳が聞こえない今川さんが医師を志した理由や、
医師としてのやりがいを取材しました。

 きっかけは一冊の漫画だった。
 小学1年生の頃、今川竜二さんが図書室で手に取ったのは手塚治虫の名作『ブラック・ジャック』。どんな困難な状況でも決して諦めない姿がかっこ良かった。
 大きくなったらケーキ屋さんか花屋さんになろうと思っていた今川さん。その日から夢の選択肢に医師が加わった―。

言葉の獲得

 1986年に岡山市で生まれた今川さんは、生後半年で先天性の難聴と診断された。1歳から就学前まで、難聴乳幼児の通園施設や聾学校の幼稚部で発声の訓練などを受けた。
 家ではありとあらゆる物に名前を書いた札を貼り、一つ一つ言葉を覚えた。3歳からはその日の出来事を絵に描き、母はそれに文字を添えて繰り返し発声。適切なサポートのもと、家族とともに言葉を育んだ。
 小学校は当時市内唯一の難聴学級へ。全校生徒100人中20人が難聴児で、聴者(聞こえる人)の友だちも身ぶりを交えてゆっくりと話し、自然に手話を覚えた。しかし中学校に進むと、聴覚障がいに理解のない教師もいた。
 「相手が何を話しているのか理解するためには、口の動きや表情、身ぶりなどを読み取る必要があります。でも、黒板の方を向いたまま授業を進める先生がいた。『お願いだからこっちを向いて話して』と、何度もお願いしました」
 しかし教師の態度は変わらず、今川さんは学ぶ権利を守るために行動する。
 「校長先生に直談判しました。そのせいか分からないけれど、夏休みの後にその先生はいなかった。悪いことしたかな(笑)」
 高校卒業後、筑波大学医学類に入学。聴覚障がいを持つ同期の医学生は、今川さんを含めて全国に4人だけだった。
 「高校1年(2001年)の時に医師法が改正されるまで、聴覚障がい者は医師になれなかった。教える側の体制も不十分でした」
 今川さんは手話通訳者の配置を大学に要望。通訳者にも分かるようなスピードで話すよう、講師へのお願いを文章にして配った。
 より良く学ぶための環境を自らの行動で切り開き、2013年に難関の医師国家試験に合格。夢をかなえた。

回り道を経て

 医師として歩み始めたものの、その道は平坦ではなかった。初めての外来で高齢の男性を診察した時には、筆談をお願いするも「面倒くさい」と断られてしまう。
 「その方は手の震えや見えにくさもあり筆談が困難でした。マスクで口の動きを読むこともできず、どうすることもできなかった」
 初期研修の2年間、コミュニケーションの問題に常に悩まされた。
 「コミュニケーションが成り立たないことに疲れ果て、医師として働くのは無理だと思いました」
 臨床の現場から離れることを決断し、医学書専門の出版社へ。医系学生向け参考書の編集に携わる。
 「分かりやすく工夫して本を作るのは楽しかった。でもデスクワークを黙々と1年ほど続けた頃、『人と接する仕事がしたい』という思いに気がつきました」
 再び医師の道に戻った今川さんは臆せずに患者と向き合い、一人一人に合わせたコミュニケーション方法を模索。音声認識アプリ(音声を文字に変換する機器)の性能も飛躍的に向上し、診察時には欠かせないツールとなった。
 「今は患者さんと話す時が一番楽しい」と笑う。マスク越しにも伝わるその笑顔が、最強のコミュニケーションツールだ。

みんなに優しい病院へ

 今川さんは昨年4月から東大阪生協病院に勤務。同院で「みんなに優しい病院づくりプロジェクト」を立ち上げた。
 「聴覚障がい者の中には、意思疎通の問題から受診を控え、重症化する人も多い。健康格差をなくすべく、どんな立場の人でも『行きたくなる病院』にしたいですね」
 聴覚障がい者のための健康診断が当面の目標。行動力の源は?
 「おいしい物を食べること(笑)。それと過去や状況、しがらみ、マイナス面にとらわれないこと。周りの人たちがハッピーになるために、今できることを考えて行動する。それがわたしの生き方です」

いつでも元気 2025.2 No.399