けんこう教室 暮らしの保健室(上)
北海道函館市で月1回、「はこだて暮らしの保健室」を開く
舛森悠さん(医師、函館稜北病院)に
取り組みのきっかけや課題などを伺いました。
次回は舛森さんに、診療や取り組みの中で気付いた
「健康維持のためのアドバイス」をご寄稿いただきます。
2023年7月から月1回、函館市内の各地で「はこだて暮らしの保健室」を開いています。俳句や新聞ちぎり絵、クイズや太極拳などを楽しみながら、医療や介護に関するミニ講演や体操も行います。
孤独や孤立は、タバコ1日15本分の健康リスクがあると言われます。私は総合診療科の外来で患者さんを診ていますが、孤独や孤立の問題を含め、病気と生活は切っても切り離せないと常々感じています。
以前、糖尿病で私の外来に紹介されたAさんという男性(70代)がいました。Aさんは薬を規則正しく飲めなくなったことで、病状を悪化させていました。お話を聴くと、活動的だった奥様を突然亡くされて外出の機会が減り、食事もコンビニ弁当になっているとのこと。Aさんの病状は薬の量を増やして落ち着きましたが、それは根本的な解決ではないことも分かっていました。
「社会的処方」が必要
患者さんの心身の健康を支えるためには、薬を処方するだけでなく、地域活動につなげたり生活環境に働きかける「社会的処方」が必要です。コロナ禍を経て、人や地域のつながりが弱まっているのではないかという危機感もありました。
「人と地域と医療をつなぎ、まちの健康をつくる」―。そんな思いから23年5月、暮らしの保健室を立ち上げるためのクラウドファンディング(インターネット上での募金)に挑戦。驚くほどの反響があり、初日で目標の50万円を大きく上回る募金が集まりました。
地元紙に取り上げられたこともあり、7月にイベントスペースで開いた第1回暮らしの保健室には20人近い方々が参加。スタッフも同じ病院で働く職員を中心に10人以上が来てくれました。
その後、さまざまなお楽しみ企画を織り込みながら、町内会館や函館駅近くの朝市広場などでも開いてきました。参加費はすべて無料で、お菓子や飲み物を提供して、リラックスした雰囲気づくりを心がけています。市の「NPOまつり」へ出展したり、ドラッグストアと合同で健康相談会を開くなど、活動の幅も広がっています。
医療者にとっても学びに
暮らしの保健室に取り組んでみて、参加者からよく言われるのが「こんなことを病院に聞いてもいいの?」「こんなことはクリニックの外来では話せない」という言葉です。いかに私たち医療者が、外来で患者さんの悩みを聞けていないかを痛感します。
話すことですっきりしたり、共感されてほっとすることもありますよね。つらい症状や困りごと、病の体験を話すこと自体がケアになり、回復に向かうきっかけになることもあります。疾患名からだけでは想像できない、患者さんの日常生活での悩みや困りごとを聞くことは、私たち医療者にとっても学びになります。
暮らしの保健室では、俳句や新聞ちぎり絵などを通して自然に会話が生まれます。気楽に対等におしゃべりする中で、日常の医療や介護にまつわる困りごとが話されます。場合によっては、こちらが「何でも相談してください」と構えるより相談しやすいのかもしれません。
函館市内でも医療機関などによる医療講演会が盛んに行われています。医療者が持っている知識を伝えるのはもちろん大切なことですが、暮らしの保健室ではみなさんの話を聞くことを中心にしたいと考えています。
健康なまちづくり
健康を目的にした集まりだと、健康に興味がある人しか来てくれません。特に孤独や孤立の問題がより深刻と言われる男性は来ないかもしれません。「楽しそうだから寄ってみた」という方が、医療や介護の話も聞いて気軽に相談できるのが理想です。
暮らしの保健室で出会った人同士が意気投合したり、心配なご近所さんを連れて来たり、新たなつながりが生まれているのは嬉しいことです。「たまたま近くを通りかかったのが最初のきっかけで、今はここに通うのが生きがい」という男性や、「デイサービスは嫌がる夫が、ここなら2人で楽しく参加できる」と語る女性もいます。
健康づくりは個人に働きかけるだけでなく、地域にアプローチすることがとても重要です。「公園の近くに住む高齢者は、要介護状態になりにくい」「地域活動が盛んなまちに暮らす高齢者は、認知症になるリスクが低い」など、地域の環境が個人の健康を左右することが証明されています。
共同組織や行政のみなさんとも連携しながら、健康なまちづくりに貢献できれば嬉しいです。また、地域に課題があるのは函館市に限りません。全国各地に医療者と地域住民を結ぶ取り組みの輪が広がって、あたたかいケアの心が地域に浸透していくことを願っています。
〝人を診る〟仕事
私が総合診療科に魅力を感じたのは、病気だけでなく〝人を診る〟視点が強く求められるからだと思います。その人がどういう人生を歩んできたのか、生活状況や生活環境によっても、病の立ち現れ方は異なります。選択する治療も、それぞれの生き方の中で何を優先するかで変わってきます。
その人の幸福(ウェルビーイング)を最大にすることを目標に、できる限りお手伝いするのが医師としての私の役割です。人の人生は十人十色なので難しいですが、その分面白さもやりがいもあります。一生をかけて追求していきたい仕事です。
落語を楽しむ保健室
10月14日、函館市亀田交流プラザで第16回「はこだて暮らしの保健室」が開かれました。
この日はいつもと趣向を変えたイベント「落語を楽しもう」。約50人の参加者を前に、道南生まれのアマチュア落語家・二杯亭小酔楽さんが落語3席を披露。老いをテーマにした新作落語や古典落語「お菊の皿」で会場を沸かせました。合間に披露された現代日舞や三味線の演奏も、参加者の目と耳を楽しませました。
函館稜北病院の舛森悠医師が、大腸がん検診についてミニ講演。便潜血検査キットを無料で配布している友の会の取り組みを紹介しながら、友の会への加入も呼びかけました。
『総合診療科の僕が患者さんから教わった70歳からの老いない生き方』
いつでも元気 2025.1 No.398