災害大国 日本の課題
聞き手・新井健治(編集部)
元日の能登半島地震をはじめ、全国各地で水害など災害が多発した2024年。
気候変動の影響で日本列島は毎年豪雨に見舞われ、南海トラフ地震が起きる可能性も高い。
災害は身近にあるにもかかわらず、被災地の避難所と仮設住宅は旧態依然。
住宅再建の支援金は不十分と、阪神・淡路大震災以降の教訓が活かされていない。
いったい、なぜなのか。日本弁護士連合会災害復興支援委員の津久井進さんに聞いた。
― (聞き手)能登半島地震では、避難所の環境が劣悪でした。発災から1カ月たっても被災者が体育館の床に雑魚寝するケースもあり、トイレは汚物があふれていました。
(津久井)1995年の阪神・淡路大震災以前に戻ってしまったとの印象があります。その後も度重なる震災で対策は進んだはずなのに、今回の能登半島地震では全く活かされていなかった。
― 先進国と言われる日本で、いったいなぜなのでしょう。
半島で地理的に不便な場所にある、正月で初動が遅れたなどは全て言い訳にすぎません。被災者にまともな暮らしを提供しようと考えたら、こんな事態にはならないはず。政府も自治体も、そして国民自身にも「非常時だから仕方がない」「みんなが我慢している」との考え方があるのではないでしょうか。
― 復旧も遅れています。
阪神・淡路大震災の頃に比べ、被災者を支援する制度はたくさんできました。しかし、逆に制度にがんじがらめになっている。非常時こそ臨機応変に対応すべきなのに、想定を超える事態が起きたため正しく機能しませんでした。
また、ボランティア不足も原因です。私は大規模災害のたびに被災地に行きました。能登半島にも10回程度支援に入りましたが、これまでの被災地に比べ圧倒的にボランティアの数が足りない。石川県が制限した影響もありますが、ボランティアは自主性が本来の姿。目の前で困っている人がいたら助けるのが基本です。
あまりに違う避難所
― 日本と同じ地震大国のイタリアでは、家族ごとに簡易ベッドを備えた大型テントが被災地に届き、キッチンカーやシャワー付きトイレなども48時間以内に配備されます。専属の料理ボランティアもやって来て、夕食にはワインも付く。日本の避難所との、あまりにも大きな違いに愕然とします。
イタリアには首相直轄の「市民保護庁」と自治体ごとの「市民保護局」があり、災害時に素早く対応します。「職能ボランティア」制度もあり、志願者が日ごろのスキルを活かして被災地で活躍、その間の給与は国が補償します。
― それにしても、なぜこれほど違うのでしょうか。
根底にあるのは人権意識の違いです。被災者は大変な思いをしているからこそ、できる限り普段の生活を保障するとの考えがイタリアなど欧米では徹底している。非常時にその国の本来の姿が現れるということでしょうか。読者の皆さんには、災害は〝人権〟の問題であるととらえてほしい。
― 輪島市を取材した際、仮設住宅の狭さにびっくりしました。応急仮設住宅(プレハブ型)は夫婦二人で6畳ひと間、荷物用の棚を除けばわずか4畳半です。東日本大震災以降、こうした仮設住宅の規格が当たり前になっています。
仮設住宅の基準はなく、建設業者の都合で間取りを決めているだけ。過去の災害では木造・戸建ての仮設住宅を基準にした自治体もありました。これからできる災害公営住宅も、自治体の姿勢によって造りは大きく変わります。住民が要望することが大切です。
― 政府は11月に「防災庁設置準備室」を立ち上げ、2026年度にも防災庁を設置する予定です。
世界のマグニチュード6以上の地震の2割が日本で起きています。遅きに失した感はありますが、専門機関ができるのは一歩前進。ただ今の政府には、被災者に対して〝施し〟の考えしかなく、被災者の人権を大切にする機関になるのか注視が必要です。
乏しい住宅再建の支援
― 震災に限らず、災害に遭遇した多くの人は「元の場所に住み続けたい」と願っています。ただ、費用がかかるため自宅の再建をあきらめたり、迷っている人がたくさんいます。住宅再建の支援はどうなっているのでしょうか?
住宅再建には「義援金」と「被災者生活再建支援金」などが、損害の程度に応じて支給されます(上の表)。能登半島地震に限り、「石川県地域福祉推進支援臨時特例給付金」ができましたが、これは支給対象が限定されており、他の災害には適用されません。
― 義援金は全壊で180万円(能登半島地震のケース)、被災者生活再建支援金(次ページ表)は全壊で最大300万円と少なく、建て直すには全く足りません。
そもそも被災者生活再建支援金は1998年にできた制度。それまで政府は「私有財産に公費は投入できない」と切り捨て、何の補償もありませんでした。制度ができて以降、被災者の要望で少しずつ拡充されてきましたが、それでも〝自己責任〟の考えは払拭されず、まだまだ不十分です。
― 義援金も被災者生活再建支援金も全壊、半壊など損害基準判定によって決められます。とても住めない状態なのに「準半壊」や「一部損壊」など低い判定になることもあり、被災者から「これでは、とても家を再建できない」との声があがっています。
今回の能登半島地震でも奥能登には大きな家が多く、例えば100坪のうち9坪が壊れたなら一部損壊にしかなりません。9坪の修繕には多大な費用がかかるのに、ほとんど支援がありません。損害基準判定に基づいた支援を改め、実際に修繕や建て直しに必要な費用など生活再建に要する負担の大きさを基準にすべきです。
※住家被害認定は自治体職員が実施、屋内に立ち入らず外観から判断する。「傾斜」「壁」「屋根」など調査項目から家屋の損害割合を算出し、全壊から一部損壊まで決める。判定結果に不満がある場合は2次調査が行われ屋内に立ち入る。被災者の実感と判定結果に乖離があることが多く、損害基準判定に基づいた支援を改める必要性が指摘されている
※義援金は寄せられた金額をもとに配分委員会が決定するため 災害ごとに違う。表は能登半島地震の第3次配布分まで。ほかに奥能登6市町の全住民に5万円を支給
被災者本位の支援へ
― 災害が多発する日本において、被災者本位の支援が急務の課題です。津久井さんはさまざまな災害支援に携わった経験から、生活再建の手法として「災害ケースマネジメント」を提唱しています。
災害ケースマネジメントを分かりやすくいえば、「ケアマネジメントの災害版」です。被災者に寄り添う〝伴走型〟の支援で、要点は以下の5つです。
①個別対応
被災者の困っていることは一人ひとり違う。既存の制度にとらわれた画一的な支援策ではなく、個別の事情に即した支援策を作る。
②アウトリーチ
被害が大きい人ほど声を出せずじっと耐えているケースをしばしば目にする。災害に限らず、あらゆる公的支援の場で申請しなければ事実がないとされるのが日本。この悪しき「申請主義」を克服するため、こちらから出向いて個別に事情を聞く。
③支援の計画性
泥出しして終わり、義援金を届けて終わりではなく、生活再建の長期計画を立てる。結果を検証して計画を修正する。
④計画の総合化
住宅再建にとどまらず、経済的な困窮、就労、健康、心のケア、家庭不和などさまざまな困難に対応する。災害にかかわる制度だけでなく、生活保護や生活困窮者自立支援制度なども活用する。
⑤支援の総合連携
各種団体がバラバラに支援すると、重複のムダや矛盾による衝突が起きる。自治体、民間団体、弁護士など専門家が連携し、あらゆる制度を組み合わせて支援する。
― 能登半島地震の被災地には多くの民医連職員や共同組織の仲間が駆け付けました。9月の豪雨災害後も、泥出しや壊れた家具の運搬を担い、秋の地域訪問行動(10月28日から11月29日、10クール)に228人が参加しました。
先ほど災害ケースマネジメントをケアマネジメントの災害版と述べました。ケアマネジメントは介護保険で使う言葉。医療や介護にかかわる皆さんなら、災害ケースマネジメントもすんなり受け入れられる。民医連や共同組織の支援は災害ケースマネジメントそのものだと思います。
―被災地には発災当初のDMATをはじめ、民医連以外にも保健師や看護師ら職種別に医療系の団体が支援に入ります。
各団体がつかんだ情報が共有されていないこともあり、大変もったいない。イギリスの医療現場では、孤立した人を社会資源につなぐ「リンクワーカー」という職種があります。リンクワーカーは薬ではなく、地域とのつながりを処方する「社会的処方」を実践します。被災地でも、各種団体の情報を集約したうえで、支援計画を立てるリンクワーカーが必要です。
―リンクワーカーは本来、自治体の業務ではないでしょうか。
市町村合併や職員のリストラで、ここ数年、自治体の力は著しく低下しています。また、被災地では自治体職員も被災者です。自治体とともに、民医連をはじめボランティアや専門家が災害ケースマネジメントを実践してほしい。
※金額は基礎支援金 と加算支援金の合計額
※半壊以下はなし。ただし、能登半島地震では半壊にも中規模半壊と同じ支援金を支給
※ほかに応急修理制度(災害救助法による)があり、半壊以上で上限70万6000円、準半壊は上限34万3000円が支給される
憲法は復興の基本法
― これからの日本の防災対策として、大切なことは何でしょう。
まず第一に、防災とは〝人権〟であるとの共通認識を持つべきです。例えば自治体の防災を担当する部署は危機管理課などだけで、課以外の職員は関心が低い。人権の問題であると考えるなら、全ての部署がかかわるはずです。
皆さんが暮らす自治体の防災対策も点検してほしい。石川県の防災計画は1997年から改定されていなかった。それが今回の初動の遅れにつながり、備蓄品もお粗末でした。
― 能登半島地震の災害関連死は247人(11月27日現在)で、直接死の227人を上回りました。
災害関連死の原因の一つに、避難所の劣悪な環境があります。「床に雑魚寝」では、寒さがこたえるうえ、床のほこりを直接吸うために感染症がまん延する。東日本大震災以降、安価で簡易に組み立てられる「ダンボールベッド」の普及が推進されてきましたが、能登半島の自治体には備蓄がありませんでした。
― 津久井さんは「憲法は復興の基本法である」と指摘しています。
憲法で一番大切なのは個人の尊重をうたった13条です。憲法前文には平和的生存権、25条では生存権を保障しています。被災者の尊厳を大切にし、生命と自由と幸福追求をサポートすることこそ災害ケースマネジメントです。
※ DMAT 災害派遣医療チーム
津久井進
兵庫県弁護士会会長、日弁連災害復興支援委員会委員長などを歴任。芦屋西宮市民法律事務所(兵庫県西宮市)所属。阪神・淡路大震災以降、被災地で支援活動を行う。『大災害と法』(岩波新書)『災害ケースマネジメント◎ガイドブック』(合同出版)など著書多数。写真は出張輪島朝市の柴田未来さんに義援金を手渡す場面(2024年3月、金沢市)
いつでも元気 2025.1 No.398
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