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いつでも元気

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スラヴ放浪記 ビールの熱燗?チェコは世界一の消費国

文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

シロップの入った熱燗ビール

シロップの入った熱燗ビール

 酷寒のポーランドで新年を迎える。こちらの大晦日は日本と比べると味気なく、若者が街に繰り出して新年のカウントダウンをしながら騒ぐくらい。緯度が高いので朝の訪れは遅く、午後2時半を過ぎれば夕暮れになる。日照時間が短いうえ雲が重く垂れ込み、太陽が見えない日も。最高気温がマイナス10℃以下になる日もある。
 こんな日に外出すると体の芯から冷えるが、冬の時季、ポーランドのバーやレストランではなんと熱々のビールが登場する。しかもハチミツやラズベリーなどの甘いシロップ入り。これがかなりの市民権を得ているのだ。
 ポーランドに来て1年目の雪が降る夜だった。行きつけの飲み屋でいつものようにビールを頼みジョッキを傾けていると、体のいかつい常連の一人が湯気の立つビールグラスを持って近づいてきた。ごつい手で掴んだグラスの色は赤く染まり、可愛いことにストローが立っている。笑いをこらえながら「それはなに?」と尋ねると、「これ?熱いビール」と答えた。「試しに飲んでみな」。
 ビールはキンキンに冷やして飲むもので、熱いビールなど飲んだことがない。恐る恐るストローを使い口にしてみた。するとほのかな甘みと酸味が感じられ、とても飲みやすい。そしてすぐに、凍えた体が内側からじわじわ温まってくるではないか。まるで熱燗を飲んだ後のようだ。
 驚きと感嘆で言葉を失っている私の様子を見ていた店主が、手をひらひらさせて厨房に招き入れた。「こうやって作るの」と鍋にビールを注ぎ、ガスコンロの火をつけて加熱。沸騰直前で火を止めてシロップの入ったグラスに注ぎ、完成だ。
 以来、冬が来ると〝熱燗ビール〟を飲むことにしている。厳しい寒さを乗り切る庶民の知恵なのだろうと、つくづく思う。

 筆者は2~3日の休暇ができると、ポーランドの隣国チェコへたびたび出かける。景色や文化、人に魅力を感じるし、言葉がポーランド語と似ているので会話がしやすいのもあるが、大好物のビールが安くてうまいからだ。
 ところで、「世界のビール消費量ランキング」をご存じだろうか。ビールをよく飲む国といえば、すぐにドイツを思い浮かべる日本人が多いが、実はスラヴ圏のチェコの人々が世界で最もビールを飲む。
 2022年ランキング(1人当たりの消費量)では、チェコが年間約188ℓでダントツの1位。2位のオーストリアの101ℓと大きな開きがある。3位のポーランド以下は90ℓ台で並び、ドイツは7位。日本は34ℓでチェコの5分の1以下だ。
 チェコの特急列車には、客席にビールや食事を運んでくれる車両がある。車内で頼んでみたところ、ビール1杯が日本円で120円と格安のうえおいしい。スーパーで見かけた最安のビールは、「Kozel」というチェコでも有名なブランド。500㎖瓶で日本円に換算して約64円。水やジュースよりも、ビールの方が安いということが多い。
 首都プラハを歩けばビール屋だらけ。いたるところに赤ら顔をしたおじさん「シュヴェイク」のイラストを描いた看板があり、チェコ人の〝のんべえ〟のシンボルとして愛されている。
 女性が連れ立ってビール片手に談笑していたり、スタンドバーで一人、ジョッキを傾ける姿を見かけるのも嬉しい。旧ソ連衛星国時代に、女性の社会進出が促されたチェコでは、仕事帰りなどにビールをひっかける習慣が根付いたのだろう。
 今年も講師を務める大学が春休みに入ったら、チェコへおいしいビールを飲みに行くつもりだ。

いつでも元気 2025.1 No.398