けんこう教室 直腸脱
松本協立病院(長野)で肛門外科を担当する冨田礼花さんが
「直腸脱」の原因や治療法について解説します。
肛門は消化管の最後に位置し、消化・吸収した食物の残りかすを便として排出する出口です。排便は生活の質に大きく関わりますが、お尻はデリケートな部分のため、症状があっても受診を躊躇する方が多くいらっしゃいます。今回は全ての年齢の方に発症しうる「直腸脱」についてお話ししながら、早期発見・早期治療の大切さをお伝えしたいと思います。
症状と原因
肛門外科には、さまざまな症状の患者さんが来られます。最も多いのは痔核(いぼ痔)、裂肛(切れ痔)、痔瘻(穴痔)などの痔です。直腸脱は、肛門ではなく直腸の一部あるいは全部が外に出てくる病気です。
直腸とは大腸のうちで最も肛門に近い20㎝ほどの部分です(資料1)。お尻から直腸が出てくると聞いて、「痛いの?」「何か怖い病気の前触れ?」など、さまざまな疑問が湧いてくるかもしれません。
直腸脱は、進行度に応じて5段階に分けられます(資料2)。たるんだ直腸壁が肛門側に折り込まれる状態が進行し、肛門の外まで下降します。患者さんが直腸脱だと気付くのは、たいてい肛門の外に異常を来したグレード5の段階です。
症状としては、肛門が開いている感覚に加え、下腹部の違和感、鈍痛や残便感、粘液や出血による下着の汚れ、肛門周辺の皮膚炎など、さまざまなものがあります。
直腸脱の原因は、先天的に直腸やS状結腸が長いことに加え、骨盤や直腸の位置の低さ、骨盤内の筋肉や肛門括約筋(肛門を締める筋肉)が弱くなっていること、過度のいきみなどが挙げられます。
骨盤内の筋力が低下して全体的に内臓が下がった状態のため、女性の場合は膀胱脱や子宮脱、膣脱を併発していることもあります。
検査方法
検査方法は、まず肛門から触診をして、直腸鏡で内部を観察します。その後「怒責診」と言って、トイレに座って思い切り力んでいただき、肛門の様子を確認する検査を行います。ただし、羞恥心からあまり力が入らず、症状を確認できないこともあります。そのような場合には、「違和感が強い」「何かが出ているようだ」と感じた時に、携帯電話などで撮影・記録していただくこともあります。
また「デフェコグラフィー(排便造影)検査」と言って、肛門から粘度の高いバリウムを注入し、安静時と排便時の直腸の動きをレントゲン撮影して観察する方法もあります。先ほどの資料2で示したグレード1からグレード4までの段階で特に有効な検査です。
その他に一般的な検査として、骨盤内や大腸内に原因がないかを調べるために、骨盤領域のCT検査や大腸内視鏡検査(大腸カメラ)を実施することもあります。
治療法
治療法は直腸脱の進行度によって、保存的治療と手術療法の二つに分けられます。グレード1からグレード4までの段階では、主に保存的治療を検討します。グレード5の段階では手術療法以外で治癒することはなく、重症度と患者さんの身体状況を診ながら、手術療法のいずれかを検討します。
①保存的治療
・服薬…漢方薬の補中益気湯などは、骨盤内の血流を改善し、筋肉の緊張を高める効能があります。
・骨盤底筋トレーニング…骨盤底筋を鍛えることで、内臓が下がった状態を改善します。超音波診断装置を使って、画像を見ながらトレーニングの仕方を指導することもあります。
・日常生活の改善…便秘の改善や適度な運動、くしゃみや咳をする時に肛門を締めることなど、日常生活で気をつけるべきことをアドバイスします。
②手術療法
・GMT法…日本で最も一般的な手術療法であるGMT法は、Gant-三輪法とThiersch法を組み合わせたものです。それぞれの頭文字をとってGMT法と呼ばれます。
Gant-三輪法では、脱出した直腸の粘膜を絞り染めのように徐々に縫い縮めます(資料3)。Thiersch法では、肛門の周囲に伸縮性のある特殊な紐(繊維)を挿入して、肛門括約筋の働きを補強します(資料4)。再発率がやや高いものの局所麻酔で実施できます。
・デロルメ法…脱出した直腸の粘膜を剥がして切除し、残された筋肉の層をアコーディオン状に縫い縮めます(資料5)。再発率は少し低くなりますが、脱出した直腸が長い場合には不向きです。
・アルテマイヤー法…脱出した直腸を切除して修復します(資料6)。脱出した直腸が長く、開腹手術は困難な場合に有効です。ただし、実施している医療機関は多くありません。
・腹腔鏡下直腸固定術…腹部の小さな穴から鉗子を使って直腸の位置をつり上げ、医療用メッシュで固定します(資料7)。全身麻酔が必要ですが、効果が高く再発率も低いとされています。
恥ずかしがらず受診を
直腸脱は性別を問わず、あらゆる年齢層で発症しうる疾患です。明らかに原因がある場合もあれば、女性の場合は妊娠・出産などのライフステージに伴う原因もあり、不可抗力で起きてしまう側面もあります。
がんのような悪性疾患ではありませんが、日常生活の質を大きく落としてしまう可能性があります。早期発見・早期治療で、発症したとしても軽度のまま経過したり、症状が緩和されることもあります。心配な症状がある時には、恥ずかしがらず医療機関を受診してください。
いつでも元気 2024.11 No.396