• メールロゴ
  • Xロゴ
  • フェイスブックロゴ
  • 動画ロゴ
  • TikTokロゴ

いつでも元気

いつでも元気

スラヴ放浪記

文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

墓地に灯ったろうそく

墓地に灯ったろうそく

 筆者が住むポーランドをはじめ、スラヴ地方の人々に驚かれた日本の行事がある。それは「運動会」だ。
 「日本の小学校の運動会は保護者が朝から場所を陣取り、盛大に弁当を作り、一家総出で応援に行く一大イベント」と言ったら、誰もがびっくり。欧州には日本の運動会のような行事はなく、スポーツは地域のクラブが中心に担っている。
 筆者も驚いたことがある。〝お盆〟は日本独自の行事だと思っていたが、ポーランドにも正真正銘のお盆がある。
 ポーランドは敬虔なカトリック国家のため、ほとんどの祝日はキリスト教に基づく。お盆にあたるのは11月1日の「諸聖人の日」と2日の「死者の日」。最も厳粛な祝日で、家族全員で墓地を訪れ故人をしのぶ。
 起源は古く先史時代にさかのぼる。スラヴ民族固有の儀式に、その後伝来したキリスト教の祝祭が加わったようだ。
 日本では暑い季節にお盆を迎えるが、ポーランドは11月とかなり寒い。「どうしてこんな季節に」と聞くと、友人で歴史家のトマシュが「それは極めて現実的な事情」と前置きし、答えてくれた。
 「もともと、キリスト教信者は5月に行っていたらしい。ところが5月は収穫期の前で、食糧が尽きかけている。そんな時期に巡礼者が、聖地ローマに大挙して押しかけても食べ物がない。そこで731年に教皇に就任したグレゴリウス三世が、収穫後の11月1日に設定した、というわけさ」。

 ある年の10月下旬のこと。知人のベアタが「ポーランドのお盆が気になるのなら、一緒に来る?」と誘ってくれた。
 訪れた墓地は2カ所で、最初に行ったのはクラクフ市中心部の「ラコヴィツキ墓地」。1803年造成で、歴代の偉人や戦没者も眠る有名な墓地だ。ベアタの夫の家族が代々葬られている墓は、ずっしりとしてかなり大きく、風格を感じさせた。「一世紀は経過している」とのことだった。
 晩秋の穏やかな小春日和で、多くの人が墓の掃除に来ていた。太い木々が墓の間に立ち並び、風が吹くごとに黄金色の葉が枝から離れていった。
 ベアタが墓石の上の落ち葉や周辺のごみを片付け、雑草を抜き取り始めた。筆者も軍手をはめて手伝った。前年に灯したろうそくはごみ捨て場に運び、新しいろうそくや花を飾る。日本では墓石を磨き水をかけたりするが、それはなかった。
 次に訪れたのは郊外の「ヴァトヴィツェ」にある墓地。新しい墓ばかりで、日本の霊園と同じような雰囲気だった。ベアタの弟家族の墓があり、きれいな花が飾られていた。少し前に誰かが来たようだった。

 日本のお盆との違いは、線香の代わりにろうそくを灯すこと。墓石の上や周囲に花を供え、ろうそくに火をつける。ともしびを見つめながら、亡くなった家族や友人、知人をしのぶ。墓だけでなく記念碑やモニュメントにも、花やろうそくが供えられる。
 日本と共通しているのは、お供えの花が菊だということ。スラヴ地方でも、プレゼントに菊を贈ると縁起が悪いとされている。
 夕刻になり太陽が沈むころ、ろうそくの灯りで墓地が美しくライトアップされた。その灯りを頼りに、死者の魂がそれぞれの墓に還ってきたかのようで、墓地の空気はとても温かかった。

いつでも元気 2024.11 No.396