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いつでも元気

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スラヴ放浪記 キノコ狩り 秋の国民的行事

文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)

キノコが山のように盛られた市場

キノコが山のように盛られた市場

 欧州の秋の訪れは早い。8月の立秋を過ぎると朝晩は冷え込み、9月に入ると日中にセーターと上着が必要な日もちらほら出てくる。
 欧州の労働者は、平均5~6週間と日本よりはるかに長い夏休みを取る。国外でバカンスを過ごした人々は9月に帰国。休む間もなく、いそいそと森へ向かう準備を始める。キノコ狩りに行くのである。
 日本で生活していた頃から、筆者の唯一の趣味が春と秋の山菜採りだった。特に秋のキノコ狩りの季節は森を歩くのが楽しく、心が洗われる思いがした。
 欧州でもスラヴ地方のキノコ狩りは国民的行事といってよく、市場には名人が採った野生のキノコが山と盛られ、㎏単位で売られている。日本にはない光景なのでおもしろく、しばらく市場に通っていたら10日くらいで次の旬のキノコに変わった。
 日本でもポピュラーな「ナラタケ」が並び始めた。ナラタケに目がない私はさっそく買い求め、栃木県の自宅で作った要領でキノコ鍋をこしらえた。まろやかなとろみと深いコクがたっぷりで、誠に美味だった。
 しかし、やはり自分で採ったキノコほどうまいものはない。「この地でも、ぜひキノコ狩りを楽しみたい」と願う気持ちは日増しに強くなる。欧州のキノコは日本と異なるので、見分け方を深く知る人に教えてもらわなければならない。
 辛抱強くチャンスを待っていたが、ついに2年前、友人の兄の通称・ヤギ師匠がキノコ狩りの名人であることが判明。頼み込んで弟子にしてもらい、念願の「キノコ狩りデビュー」を果たすことができた。

 さて、初の〝欧州キノコ狩りの陣〟である。場所はポーランド中西部、チェコに近いオポレ県。前日はヤギ師匠の自宅に泊めてもらったが、うれしく興奮してしまい、ほとんど眠れなかった。
 夜明け前に身支度を整え、師匠のテリトリーへ向かうと、既に大勢のライバルが到着、競争の激しさをうかがわせた。
 ポーランドのキノコ狩りはピクニックを兼ねており、リンゴや洋ナシの果物とサンドイッチ、ワイン、ビールなどを持って森に入る。師匠もリュックからおもむろにビール瓶を取り出すと、「さあ、ピクニックの始まりだ。ゆっくり飲みながら行こう」と言って渡してくれた。
 遠くから、子連れの家族の朗らかな歌声が聞こえてくる。日本人なら誰でも知っている「森へ行きましょう」。実はこの歌、ポーランドの民謡だ。
 美しい杉林に入ると、地面はコケと下草でふわふわ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこむと、「ドドド」と何かが迫ってくる音がする。数メートル先をシカの群れが走り抜けていった。大迫力だった。

 師匠の後について、歩きながらレクチャーを受ける。森に入ってわずか数分後、師匠が「これだ」と最初の収穫物を見つけた。直径が十数㎝の立派なキノコ
で傘の裏側が網状、「イグチ」の仲間だった。師匠によると欧州で最もポピュラーなキノコの一つ。日本のものより大きくずっしりとして、柄も太い。
 その後師匠と別れ、目を皿のようにしてキノコを探し、食べきれないほど収穫した。ふと気づくと、太陽が西に傾いている。驚いて時計を見ると、森に入って7時間が経過していた。
 採れたキノコは薄くスライスして乾燥させたり、タマネギやハーブと一緒に酢漬けにするなど大切に保存。クリスマスや来客の晩さんの折に振る舞われる。筆者も帰宅後、採れたキノコを前に満面の笑みを浮かべながら加工し、残りはスープと炊き込みご飯にした。味は格別だった。

いつでも元気 2024.10 No.395