青の森 緑の海
屋久島は僕にとって特別な島だ。最初に訪れたのは約30年前、20代の頃の記憶と強く結びついている。
海の世界を探求したくて沖縄の大学に進んだが、高校山岳部の経験もあり休みには山も登りまくった。とにかく旅が楽しく、新学期になっても大学に戻るのが遅れ、出席日数が全く足りない授業があった。
ある日、研究室に呼び出された。マズイなと思いつつ部屋に入ると、案の定「君は全然、授業に来ていないね…」と切り出された。言い訳のしようもなくうつむいていると、「写真展、見ているよ。レポート書いたら単位はあげる。写真頑張ってね」と意外な言葉をかけられた。
故・平敷令治先生。後で知ったが、日本を代表する民俗学者だった。団体に属さず独りで個展をやるような学生は他にいなかったから、背中を押してくれたのだろう。
屋久島には、フェリーを乗り継いで幾度となく通った。雪の降る2000m級の山と深い森。初めて縄文杉の肌に触れた時には涙が出た。まだ登山者も少なく、縄文杉のそばまで近づけたのだ。
昨年も今年も家族で屋久島を訪れた。目まぐるしい僕たちの生活をよそに、森は30年前とあまり変わらぬ姿でそこにある。
旅で見た景色や出会いをとにかく誰かに伝えたい。そんな想いだけでやっていたことが、写真家という道につながった。赤いリュックで先をゆく息子の背中に想いを巡らせながら、森を歩く。
【今泉真也/写真家】
1970年神奈川生まれ。中学生の時、顔見知りのホームレス男性が同世代の少年に殺害されたことから 「子どもにとっての自然の必要性」について考えるようになる。沖縄国際大学で沖縄戦聞き取り調査などを専攻後、一貫して沖縄と琉球弧から人と自然の
いのちについて撮影を続ける。写真集に『神人の祝う森』『SEDI/ セヂ』など。写真集の購入はホームページまで。
http://www.shinyaimaizumi.com/
いつでも元気 2024.8 No.393