スラヴ放浪記 昼まで続く“朝食” ポーランドのイースター
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ市在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)
スラヴ圏の国々は日本の北海道のような気候で冬が長い。しかしそんな国にも必ず春がやって来る。春の訪れを告げるのが豊かさと希望の象徴「イースター」(キリスト教の復活祭)だ。
イースターの習慣は国や地域によって異なり、筆者が住むポーランドは日本の年末年始に似ている。学校が1週間ほど休みになり、家族とともに自宅で過ごす。街では菓子を詰めたイースターエッグや色とりどりの手工芸品が売られ、人々の目を楽しませる。
特に日曜日の朝食は各家庭で大切にされてきた。イースターが近づくと地元の人に「あなたはどこで誰と過ごすのか」と聞かれる。ポーランドで単身生活を送る私を不憫に思うのだろう。
筆者の生活全般のお手伝いをしてくれるアニャが、子どもの頃の思い出を話してくれた。街中が祝祭の準備に入り、多くの場所で露天商が軒を連ねたらしい。「休暇の前日は学校の授業で卵の殻に絵を描く。その卵を大切に持ち帰り、テーブルに飾ったわ」。日曜の朝6時には、街中の教会が一斉に鐘を鳴らしたという。「その音で目が覚め、特別な雰囲気の朝を迎えたもの。今は鐘を鳴らさなくなってしまった」。
親類が一堂に会し、家庭料理を味わいながらゆっくりと過ごす習慣も都会ではまれになった。アニャは「あなたの国でも、おせち料理を作らない家庭が多くなったと聞いたわ。手間暇をかけることが面倒になると、古い習慣が失われていく。世界共通の問題かもね」と、少し寂しそうに言った。
ポーランドの首都、ワルシャワに住む親友のアシャがある日「家庭のイースターを味わってみない」と自宅に招いてくれた。アシャの家では期間中の日曜の朝、親類が集まって朝食をとるという。
さて、その日がやって来た。午前8時半、アシャに促され緊張しながら食堂に入ると、テーブルいっぱいに肉と卵の料理が並んでいる。タマネギやニンジン、ジャガイモなどを細かく切ってマヨネーズで和えた、スラヴ圏定番のサラダもある。
ほどなくしてアシャの親類が現れた。彼らもゆで卵の料理を持参する。大きなテーブルの上はたちまち、ゆで卵でいっぱいになった。
全員で立ち上がり、両手を組んで祈りの言葉を捧げると朝食が始まった。ポーランドの伝統料理「ジュレック」という酸味のあるスープが運ばれる。この中にもゆで卵とソーセージが入っており、けっこうなボリュームだ。スープの後はバラ肉とソーセージの燻製やゆで卵、マヨネーズのサラダとの格闘が待っていた。
高カロリー・高脂肪・高コレステロールの料理を、目を白黒させながらいただき、時計を見たら10時半。朝食開始から既に2時間、胃袋のすき間がない。「お開きだろう」と思い、「そろそろ…」といすから立ち上がろうとしたら、アシャも「そろそろ」と口に。しかし、続けて「次の料理を並べようか」と言うではないか。
この期に及んで何を並べるのか。筆者の顔がにわかにこわばる。次の瞬間、数人がかりで大量の自家製ケーキの山が目の前にどんと置かれた。砂糖にバター、クリーム、チョコ、ナッツ…。1万キロカロリーくらいはありそうだ。
こうして朝食は正午まで続いた。「疲れたでしょう。少し横になって休んだら」とアシャ。この後は昼食の用意があるという。再び驚いていると「大丈夫、少し眠ればおなかが空くから」と畳み込まれた。
ポーランドの地にも、ようやく木々に緑が芽吹いた。私の顔には吹き出物が芽吹いている。イースターの名残に、鏡を見るたび苦笑いしている。
いつでも元気 2024.5 No.390
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