スラヴ放浪記 脂の木曜日 スマレツ、ゴロンカ、ポンチキ
文・写真 丸山美和(ルポライター、クラクフ市在住。ポーランド国立ヤギェロン大学講師)
前回の「サロ」に続き脂ギッシュな話題で、まだ春が遠い酷寒のポーランドから元気を届けたい。
もしスラヴ圏の各国が出場する「脂グルメオリンピック」なるものがあれば、ポーランドも負けていない。代表選手が「スマレツ」だ。
これは豚の脂身をタマネギやニンニクのみじん切りと煮たペースト状の保存食で、バターのようにパンにたっぷり塗って食べる。スマレツとキュウリの古漬けさえあれば、パンがエンドレスで食べられるのだそうだ。
日本でいう「ご飯に納豆と漬物」といったところ。大きく違うのが、スマレツも前回紹介したサロ同様、超ハイカロリーであることだ。脂をわざわざとっておいて摂取するなど、ダイエット好きの日本人なら卒倒するのではないか。
ポーランドでは、イースター(復活祭)やクリスマスなどキリスト教にちなんだ行事の日に、街の中心部に市が立つ。さまざまな屋台が軒を連ねるが、必ず登場するのが、肉の博覧会のような屋台だ。
鉄板の上に、原始人のアニメに出てきそうな骨付き肉の塊「ゴロンカ」がゴロンゴロンと唸っている。さらに巨大なソーセージなどの加工肉が、ゴロンカの脇を固め壮観だ。量り売りでほしい分だけ皿に盛ってもらい、モリモリ食べる。この迫力はほかの国にはあまりないかもしれない。
もちろんパンとスマレツ、キュウリの古漬けの黄金セットを提供する屋台もある。周辺にはうまそうな脂の匂いが漂い、いつも行列ができる。
また、日本人にとって珍しいのが、南部の山岳地方で作られた燻製チーズを焼いて売る屋台だ。そこで驚くのは、この国の人たちは、熱々のチーズの上に甘いジャムを乗せて食べるのである。これまたハイカロリーだが、試してみたら塩味と甘みがほどよく混ざり、芳醇な味わいだ。
ポーランドに限らず、スラヴ地方の人々は総じて甘いものをこよなく愛する。朝食にケーキを食べる人も珍しくないし、宴席でも小さくカットしたケーキが大皿に山盛りで登場する。
人々はご当地特産の生クリームやバター、チーズなどをたっぷり使ったケーキをほおばる。そして何度も「ナ・ズドロヴィエ!(ご健康に!)」と言いながら、アルコール度数の強いウオッカや果実酒を次々に空ける。これが本当に健康的なのか疑わしいが、よもやま話に花を咲かせ、機嫌よく飲み食いしている姿は実に幸せそうだ。
2月、日本では節分の豆まきがあるが、ポーランドには「脂の木曜日」と呼ばれる特別な日がある。一年の健康と幸せを願い、げんこつ大の揚げたてパンをひたすら食べまくるのである。
揚げパンをポーランド語で「ポンチキ」という。表面は砂糖やオレンジピールでコーティングされ、中の生地はふわふわ。中心にはラズベリーやバラのジャムなどが入っている。これもすばらしくハイカロリーだ。
ポンチキは普段の日もパン屋や専門店で買えるが、脂の木曜日は店の前に長蛇の列ができる。老いも若きも1個や2個ではなく、人によっては十数個入りの大箱、しかもそれを複数買う。職場の同僚にふるまい、あるいは家族と食べる。
この日はどこに行っても、「食べなさい」とポンチキを勧められる。特に私は外国人なので「私たちの国の大事な習慣なので、食べなくてはいけません」と申し渡される。食べ過ぎておなかいっぱい。晩酌をする気も起きないが、ポンチキのおかげで、この一年も健康で過ごせそうな気がしている。
いつでも元気 2024.4 No.389