けんこう教室 ウオーキングの科学
体力を向上させる運動は、全身の健康によい影響を与えることが分かっています。
『ウォーキングの科学』(講談社ブルーバックス)の著者、能勢博さんが確実に効果を得られるウオーキング方法「インターバル速歩」をご紹介します。
“ウオーキング”と聞いて、皆さんがまず思い浮かべるのは、国のスローガン「1日1万歩(最近は1日8000歩あるいは60分らしいですが…)」ではないでしょうか。でも、少し考えてみてください。要介護の人が1日1万歩を歩けますか? トップアスリートの人が1日1万歩を歩いて金メダルをとれますか?
すなわち、1日1万歩は体力のない人にとってはハードルが高く、体力のある人にとっては、楽にこなせるけれども効果はほとんど期待できないということです。
実際、私たちが中高年を対象に1年間実施した研究では、最初の数カ月で多くの参加者が脱落してしまいました。続けることができた人は、もともと1日1万歩を歩ける体力がある方々です。でも、この体力のある人がほぼ毎日、1日1万歩を1年間歩いても、「体力を上げる」という意味ではあまり効果がないことが明らかになっています。
体力とは持久力
ここでいう体力とは持久力のことです。持久力は“中くらいの強さ”の運動を、どれほど持続できるかで決まります。
持久性運動は筋肉の収縮と弛緩を繰り返しますが、その際のエネルギーは筋肉細胞内のミトコンドリアという小器官で産生されます。これは車にたとえればエンジンの役割です。
車のエンジンはピストンでガソリンを燃やして、車を動かすエネルギーを産生します。一方、ミトコンドリアは体内に蓄えているブドウ糖や脂肪酸を燃やして、運動に必要なエネルギーを産生します。この時に消費する酸素は肺から取りこまれ、血流にのって筋肉へ運ばれます。
持久力のある人とは、筋肉細胞内のミトコンドリアの代謝機能が優れており、かつ心肺機能が強い人です。
では、持久力を向上するにはどうすればよいのでしょうか。それには、人が「ややキツイ」と感じる運動を一定時間持続する必要があります。
「ややキツイ」とは、その人の最大体力を10点満点とするなら6~7点に相当し、2分ぐらいで動悸がして息があがったり、5分ぐらいで汗ばむ程度の強さです。
米国スポーツ医学会は、この強さの運動を1日20分、週3日以上、6カ月間実施すれば、「年齢に関係なく、トレーニング前に比べて体力が10%向上する」ことを保証しています。
「インターバル速歩」とは
「インターバル速歩」は、運動が苦手な人でも「ややキツイ」と感じる運動を継続できるように考案されました。早歩きとゆっくり歩きを3分ずつ交互に繰り返す運動で、1セット6分です(資料1)。
早歩きは、その人の最大体力10点満点の7点以上を目指します。2分ぐらい歩くと「ややキツイ」と感じますが、「あと1分頑張れば、ゆっくり歩きができる」と思えば続けられます。
次のゆっくり歩きをしている間に、徐々に動悸や息のあがった状態がおさまってきて、3分経つと「また早歩きをしてもいいか」という気分になります。
これを1日5セット(30分)以上、週4日以上実施します。1日にまとまった時間がとれない人は、例えば「朝10分、昼10分、夕方10分」と分割してもいいですし、平日忙しい人は「週末にまとめて20セット(120分)」実施しても大丈夫です。
インターバル速歩の早歩きのポイントは、「背筋を伸ばす」「大股で歩く」「腕を直角に曲げて前後に大きく振る」の3つです(資料2)。
背筋を伸ばすために、あごを少し引いて、25mほど前を見ます。大股で歩くためには、前足はかかとから着地し、後ろ足は指先で蹴り出すことを心がけます。通常より3~5cmほど大きく歩幅をとります。
腕の振り方は、左足が前に出たときに右腕を前、右足が前に出たときに左腕を前です。これを繰り返すことで、腰の回転が止まり、安定して大股で歩くことができます。
全身の健康によい影響
インターバル速歩を6カ月間実施すると、体力が10%向上します。私たちの研究では、体力の向上に比例して高血圧や高血糖、肥満などの生活習慣病の症状が20%改善することが明らかになっています。そのほか慢性関節痛や不眠、うつ、軽度認知障害など神経・精神疾患の症状も30%以上改善します。骨年齢も5歳ほど若くなります。
なぜ体力が向上すると、加齢性疾患の症状が改善するのでしょうか。それは全身の筋肉細胞内にあるミトコンドリアの代謝機能が改善するからです。
加齢や運動不足によって筋肉が萎縮すると、ミトコンドリアの代謝機能が劣化して不完全燃焼が起こり、“汚れた排ガス”である「活性酸素」が産生されます。この活性酸素が全身の慢性炎症を引き起こし、さまざまな疾患の原因になります(資料3)。
ミトコンドリアの代謝機能の改善は、血管の新生や活性酸素の解毒などを促し、全身の健康によい影響を与えるのです。
“最高の薬”
現在の医療では、さまざまな加齢性疾患の患者さんに、専門の医師が専門の医薬品を使って治療します。しかし、これらは対症療法に過ぎません。薬を止めれば再発します。その理由は、ミトコンドリアの代謝機能の劣化による慢性炎症がおさまっていないからです。
インターバル速歩などの「ややキツイ」運動こそ、みなさんにお勧めしたい“最高の薬”です。さあ、今日からインターバル速歩を始めてみませんか。まずあなた自身が、そして世の中がもっと元気になるはずです。
〈筆者の書籍紹介〉
『ウォーキングの科学』
著者:能勢 博
出版社:講談社ブルーバックス
定価:990円(税込)
いつでも元気 2024.3 No.388