民医連70年 民医連で働く職員を追って
文・武田力(編集部) 写真・酒井猛
全日本民医連の創立70周年記念事業の写真コンテスト「民医連で働く職員」。
最優秀賞を獲得したのは、コロナ禍のもと患者さんに寄り添う看護師の姿でした。
写真の背景を知りたくて、立川相互病院(東京都立川市)へ伺いました。
患者とつながる、手と目 看護部
「1年目の看護師がICU(集中治療室)で患者さんに寄り添う姿を見かけて、とっさにカメラを構えました」。
こう振り返るのは、立川相互病院で看護学生室師長を務める大日向いずみさん。看護師を目指す学生などに職場の雰囲気を伝えるため、普段からカメラを持ち歩くことが多くあります。
シャッターを切った先には、看護師として働き始めて半年ほどの花川円香さんの姿が(当時2022年9月)。撮影に気付かなかったという花川さんは「自分が仕事をしている場面を客観的に見る機会はあまりないので、写真を見て新鮮に感じた」と話します。
左手の緊張と優しさ
写真は、民医連の創立70周年記念事業の写真コンテスト「民医連で働く職員」で最優秀賞を獲得。審査員を務めた酒井猛カメラマンは「初々しい看護師のICUでの一枚。看護師の左手の緊張と優しさが伝わります」と評しました。
「患者さんの痰や呼吸の状態を見ていたので、緊張というのはその通り。優しさが出ているとしたら、とても嬉しい」と花川さん。
大日向さんは「私たちの目指す“寄り添う看護”を表現したような一枚。患者さんを見つめる強いまなざしに、半年間の成長も感じた」と語ります。
応募にあたって、大日向さんは看護奨学生の会議で写真を披露。みんなが連想した言葉から「患者とつながる、手と目 ~看護~」というタイトルが決まりました。「なので、今回の受賞はみんなのもの。話し合いの中で“看”の字が手と目から成り立っていることを、深めることもできた」と教えてくれました。
看護師を目指したきっかけ
花川さんが看護師を目指したきっかけは、小学3年生の時。友達と遊んでいた際に、右手を骨折して救急外来を受診しました。
医師が整復する間、看護師さんが「ずっと手を握っていていいからね」と、寄り添ってくれました。激しい痛みをこらえながら、看護師さんの優しさが胸に残りました。
中学2年生の時に、初めての入院を経験。小児病棟の病室に頻繁に来て、声をかけてくれた看護師さんの姿も忘れられません。「身体面だけでなく、精神面もサポートできる看護師になりたい」―。将来の夢が、より具体的な目標になりました。
立川相互病院とのつながりができたのは、高校生の時の看護体験。声をかけてフォローし合う職場の雰囲気に「医療現場のイメージをくつがえされた」と花川さん。「忙しくて切羽詰まったり、殺伐とした雰囲気があってもおかしくないと思っていた」と振り返ります。
先輩に助けられて
花川さんは看護学生時代、他の病院での実習も経験。しかし、「立川相互病院で経験したような和やかさはなかった」と言います。希望する就職先を選ぶのに、迷うことはありませんでした。
大日向さんは「職場の雰囲気は、先輩たちが長年かけてつくり上げてきたもの。お手本になる先輩も多く、同僚と刺激し合って成長できる職場です」と笑顔を見せます。
一方でコロナ禍は、職場にあった本来のコミュニケーションを難しくしました。医療用マスクやゴーグルの着用に加え、食事会などで親交を深める機会も制限。ICUに配属された新入職員は花川さんだけで、戸惑いもありましたが、先輩たちに支えられました。
「前年にもICUに1人で配属された先輩がいて、“仲間だね”ってこまめに声をかけてくれた。業務でも先輩たちにたくさん助けてもらいました」と花川さん。不安の大きい入院患者さんに積極的に声をかけるなど、花川さん自身も目指す看護師像に向かって努力しています。
「医療者に率直な気持ちを吐露できる患者さんは少ないと思うので、こちらが意識して耳を傾ける必要があるし、他の職種の皆さんとも連携して患者さんをサポートしていきたい」。花川さんが子どもの頃に出会った看護師さんの姿が、その姿勢の原点にあるようです。
こころの健康を支えるスマイルハート
「北欧の森をイメージして、癒やしの空間になるように工夫しました」。
立川相互病院の鈴木民子事務次長に案内されて着いたのは、職員のためのカウンセリング&リフレッシュルーム「スマイルハート」(略称スマハー)。コロナ禍の職員のストレスを和らげ、こころの健康を支えようと、2021年3月に開設されました。
立川相互病院は、コロナ禍が始まった20年1月に「帰国者・接触者外来」、4月にコロナ専用病棟を設置。緊張を強いられる医療・介護活動に加え、公私にわたる行動制限によって、職員のストレスが高まることが心配されました。
コロナ禍の当初から職員向けの相談窓口はありましたが、「相談するハードルをグッと下げたかった」と鈴木さん。「気楽に入って、ちょっとした心のモヤモヤやイライラを愚痴れるような、そんな場所をつくりたかった」と話します。
休憩や会議に使われていた小スペースをおしゃれに装飾。壁面アートや看板からマスコットキャラクター「ここちゃん」まで、すべて職員が手作りしました。リラックス効果のあるアロマ(香り)やBGM(音楽)などにも工夫を凝らします。
早めに“スマハー”へ
保健師の福島早織さんが担当する「スマハー通信」(月2回発行)を全職場に配布。カウンセリング案内のほか、睡眠やリフレッシュのための豆知識も載せています。カウンセリングは月2回、法人から委託を受けた臨床心理士が在室して対応します。
鈴木さんはスマハーの開設当初から職場のラインケア ※ を重視。まずは各部署の職責者全員に、カウンセリングや精神的ケアのアドバイスを受けてもらいました。
すると、「自分は悩みなんかないけれど…」と言っていた職責者からも「話してスッキリした」との感想が。部下の精神的ケアの仕方やノウハウを学んだことで、「自信を持って対応できるようになった」との声が寄せられました。
現在は対象者を法人全体に広げ、利用者の紹介や口コミなどの効果もあって、「早めに“スマハー”へつなげることが定着してきた」と鈴木さん。「他の病気と同じで、早めの対応が早期の回復につながると実感しています。最近は職員自身もセルフケアが上手になってきた」と語ります。
「コロナの感染症法上の位置づけは5類に引き下げられましたが、まだまだ安心はできません。張り詰めていた緊張が解けたところで“疲れたなぁ”ということも起こりえます」と鈴木さん。今後も職員の心を笑顔にするためのサポートを続けていきます。
※ ラインケア…職場の上司など管理監督者が、部下のこころの健康維持のため適切に対応すること
いのちとケアを最優先に
立川相互病院
髙橋雅哉院長インタビュー
コロナ禍が始まった当初は、ウイルスの感染力や振る舞いが分からず、手探りで診療システムを構築しなければなりませんでした。職員の安全を確保しつつ、地域の皆さんの医療ニーズにどう応えるか。とはいえ、全てに応えることは物理的に困難な状況でした。
2020年4月にコロナ専用病棟を設置。職員には大変なストレスがかかりました。手間や人員をコロナ対応に振り向け、一般診療や救急診療を制限せざるを得ませんでした。医療の逼迫で行き場のない患者さんのことが思いやられて、苦しく申し訳ない気持ちになりました。
コロナ禍に翻弄されていた21年春のこと。引き続く感染拡大にもかかわらず、東京オリンピックを強行しようとする政府の動きに対し、医療機関として意志表示する必要を感じました。多くのいのちを危険にさらすことが目に見えているのに、「ええかげんにせえよ」という気持ちでした。
院内会議で了承を得て、「医療は限界 五輪やめて!」のメッセージを病院の窓に掲示。正直言って、メディアやSNSであれほどの騒ぎになるとは思っていませんでした。好意的に捉えてくれる方が多く、声をあげる大切さを改めて感じました。
コロナ禍で浮かび上がった教訓はたくさんありますが、普段から医療現場に余裕がなさすぎます。診療報酬が低く抑えられているため、ギリギリの人員配置で、可能な限り病床を稼働させないと赤字になってしまう。当院では、コロナ前の病床稼働率の目標は94%でした。それを下回ると赤字です。
普段ぎりぎりで走っているところに不測の事態が起きれば、もう頑張りようがない。コロナ禍で多くのいのちが失われましたが、いのちとケアを最優先にする体制をつくらなければ、同じ過ちを繰り返すことになります。
全日本民医連の増田剛会長の調べによると、21年7~9月の東京オリンピック・パラリンピック期間中、選手や関係者に実施されたコロナの検査は101万件。同じ期間に東京都内で実施された検査は94万件とのこと。政府が五輪関係者に対して行ったのと同様の熱意で全国民に検査を広げていれば、助けられたいのちもあったのではないでしょうか。
民医連と同じく、私たちの法人も70周年を迎えました。最初から大きな資本があったわけではなく、地域の皆さんと力を合わせて、小さな無床診療所から少しずつ発展させてきた歴史があります。今後も皆さんの期待と信頼に応えられるように、若い職員を育てながら経営を成り立たせていきたいと考えています。
いつでも元気 2024.2 No.387