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いつでも元気

いつでも元気

けんこう教室 脳がもたらす慢性の痛み

 高齢者に多い慢性の痛み。
 痛みが長引く理由に「孤独感」などが関わっていることが、最新の研究で分かってきました。
 順天堂大学医学部准教授の山田恵子さんの寄稿です。

順天堂大学医学部
麻酔科学・
ペインクリニック講座准教授
山田 恵子

 慢性の痛みとは、「体のどこかに感じる痛みが3カ月以上ずっと続く、あるいは痛みを感じたり感じなくなったりを3カ月以上繰り返すこと」と定義されています。けがや変形した関節のような、はっきりとした原因によるものだと思われがちですが、実は脳の働きの変化によって起こる痛みがあることをご存じでしょうか。
 慢性の痛みが起こるメカニズムは大きく分けて次の3つです(資料1)
①侵害受容性 けがなどで壊れた細胞や血小板から、痛みを引き起こす物質が出て神経を刺激する。
②神経障害性 神経が傷ついて起こる。
③痛覚変調性 痛みの経験などにより脳や脊髄の回路が変わる。
 実際にはこの3つが複雑に絡みます。
 けがや病気による①と②の痛み以外に、脳の働きの影響が大きい「痛覚変調性」の痛みは、2017年に国際疼痛学会が提唱した最も新しい痛みの概念です。
 検査をしても原因が分からない痛みについて、これまで「気のせい」(心因性)などと言われた経験を持つ方もいるかもしれません。しかし、こうした痛みについて、最近では脳の働きが関係して起こる痛み、すなわち痛覚変調性であるという証拠がさまざまな研究から分かってきています。
 例えば、「手術で切った傷跡がいつまでも痛い」と訴える患者さんを治療したことがあります。この患者さんは手術の傷は外見からは分からないくらい治っています。しかし、「痛みが別の部位に移動した」とか、「手術から5年たってもまだ痛い」と訴えることがありました。こうしたケースは、分かりやすくいえば「痛みの経験によって神経の回路が変わり、脳が痛みを覚えている」ことが原因なのです。

4割に「慢性運動器疼痛」

 推計で世界の人口の約2割が慢性の痛みを抱えていると報告されています。一般に高齢になるほど、体に痛みを抱えやすいことは、皆さんも実感があると思います。
 慢性の痛みのうち、身体を動かす筋肉や骨に関係する痛みを「慢性運動器疼痛」といいます。慢性運動器疼痛があると、運動や外出が難しくなり、身体の衰弱が進みます。慢性運動器疼痛は介護予防に大きく影響するため、重点的な対策が必要です。しかし、これまで日本において、慢性運動器疼痛に関する大規模な調査はほとんど行われていませんでした。
 そこで私が所属する研究グループ ※1 は2019年、全国各地にお住まいの65歳以上の方約2万人に痛みに関するアンケートをとりました。そのうち58市町村にお住まいの、介護や介助を必要としない約1万3000人分のアンケートを分析しました。
 分析の結果、4割が慢性運動器疼痛を抱えていることが分かりました。慢性運動器疼痛がある割合を市町村ごとにみると、28%から53%までと地域によって大きなばらつきがあることも判明しました。しかし、なぜ地域によってこれほど違いがあるのか分からず、今後さらなる研究が必要です。
 こうした慢性運動器疼痛にも、脳の働きが関係する痛覚変調性の痛みが潜んでいる可能性があります。

※1 日本老年学的評価研究(JAGES、代表・近藤克則千葉大教授)

孤独感や社会的孤立感も原因に

 さまざまなストレスや強い気分の落ち込み、怒りなどの強い感情が「長く続く」ことによって、神経回路が変わり痛覚変調性の痛みの原因になることが分かっています。ストレスや気分の落ち込みを伴う孤独感や社会的孤立感も、慢性の痛みの原因のひとつです。
 多くの方は、強いストレスで胃のあたりが痛くなった経験があるかと思います。ごく短期間であれば、このような痛みは人間の体にとって自然な反応です。しかし、それが数カ月から数年も続くと、痛覚変調性の痛みの原因になります。
 私が所属する別の研究グループ ※2 は、コロナ禍の2020年に、15~79歳約2万5000人を対象にインターネットを通じて調査しました。内容は体の部位別(頭、首や肩、腕や手、腰、足や膝)の痛みと、孤独感や社会的孤立感の関連についてです。
 すると、孤独や社会的孤立を感じる度合いが強い人ほど、全ての部位で新たに痛みが起こりやすくなっていました。例えば腰痛は、社会的孤立がいつも強いと感じた人では、社会的孤立感のない人の5・5倍も発症したことが分かりました(資料2=新型コロナが流行し始めた2020年の約6カ月間)。
 また、孤独や社会的孤立を感じる度合いが強い人ほど、全ての体の部位においてコロナ禍前から慢性の痛みがある割合が高かったことも判明しました。この研究結果は、孤独や孤立が体の痛みをもたらす可能性を示しました。
 さらに同じ研究の中で、孤独感のない方と比べて孤独感が中等度から重度の方では、もともと慢性の痛みがある割合が1・8倍でした(資料3)
 慢性の痛みがある方はストレスに対して脆弱な傾向にあります。コロナ禍というストレスがかかった状態において、慢性の痛みがある方は、ない方と比べて孤独を感じやすかった可能性についても示されました。

※2 日本における新型コロナウイルス感染症蔓延に関連した社会・健康格差評価研究(JACSIS、代表・大阪国際がんセンター田淵貴大医師)

推奨される治療は?

 心理状態も背景にある慢性の痛みの治療として、日本痛み関連学会連合が作成する診療ガイドラインでは、医師や公認心理師、理学療法士など多職種が連携する「集学的治療」が推奨されています。
 集学的治療では、患者の状態を各専門家が評価したうえで、薬や注射を使った治療、リハビリや心理療法などを組み合わせます。ただ、集学的治療は慢性の痛みがあれば誰にでも効果があるとは限らず、専門知識のある医師が中心となって、集学的治療に向いている痛みなのかどうかを事前に判断することが必要です。
 集学的治療は欧米では一般的な治療となっている一方、日本では公的医療保険が適用されず、提供する医療機関は少ないのが現状です。集学的治療を提供する医療機関は、インターネットのホームページ「慢性の痛み情報センター」のトップページにある「病院のご紹介」から探すことができます(別項)。

家族ができることは?

 身近な人が長引く痛みに困っている様子を見聞きするのは辛く、何か自分にできることはないかと思うものです。例えば、孤独感や社会的孤立感を和らげるための支えは、痛みの予防や改善を考えるうえでも大切です。
 また、散歩など無理のない範囲で体を動かすことは痛みを改善します。逆にじっと動かずにいると、痛みが悪化することが研究でも分かっています。痛みを感じる人に軽い体操や散歩、あるいは趣味といった楽しみをお勧めしながら、アドバイスをする人も一緒に取り組むとなお良いでしょう。
 また、「痛みがあっても仕方がない」と諦めずに、一度ペインクリニックなど痛みの治療を専門とする医療機関を受診することも周囲から勧めてみてください。近隣に痛みの専門医療機関が見当たらなければ、まずはかかりつけ医に相談してみてください。
 かかりつけの先生方が必要だと判断すれば、より専門的な医療機関をご紹介いただける可能性もあります。現在、痛みの専門的な診療機能をもつ病院に勤務する医師らが、かかりつけ医の先生方や職場の産業医と協力しながら、日本における痛みの診療体制をより良くする取り組みを進めています。

慢性の痛み情報センター
厚生労働省研究班と日本いたみ財団が運営。電話相談もあり。

いつでも元気 2024.2 No.387