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いつでも元気

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けんこう教室 認知症世界の歩き方(下)

issue+design 佐藤 理恵

issue+design
佐藤 理恵

 認知症のある方が経験する出来事を“本人”の視点から描く『認知症世界の歩き方』(ライツ社)。前回に引き続き、本書の監修に携わった佐藤理恵さん(看護師、issue+design)に寄稿していただきました。

 前回は、認知症のある方が直面するトラブルの背景にある「44の認知機能障害」を紹介しました。今回は認知症世界の旅をさらに続けながら、認知症のある方と関わる際のヒントになる「対話とデザイン」について考えます。

ストーリー アルキタイヒルズ(資料1

 ここは歩いていると忘れがたい記憶がよみがえり、タイムスリップしたような感覚になる街。私たちも久しぶりに故郷へ帰省した時など、思い出の場所を訪れて懐かしい気分に浸ることがありますよね。
 脳の奥に眠っている記憶はふとしたことで生々しくよみがえり、私たちの感情や行動に強く働きかけます。「認知症の方が徘徊するので困っている」という話をよく聞きますが、徘徊という言葉はあてもなく歩き回ることを意味します。しかし、ご本人にとっては「会社へ行く」「夕飯を買いに行く」など過去の大切な思い出や習慣に基づいていることがあり、明確な理由があることも多いのです。

ストーリー アレソーレ飯店(資料2

 ここは料理を表す名前が存在しないレストラン。私たちはあらゆる物事に対して言語という記号をつけ、同じ記号を他者と共有することでコミュニケーションをとっています。認知機能にトラブルが生じると、記号と意味を結び付けることが難しくなります。
 例えば「外側が黄色で中が白い甘い果物は…」と思っても「バナナ」と分からなかったり(イメージから単語が想起できない)、トイレの記号や文字を見ても意味が分からなかったり(記号や単語から意味を想起できない)します。
 また、「私は(主語)+りんごを(目的語)+食べる(動詞)」のように複数の単語を組み合わせて文章を作るのが難しくなります。当たり前に使っていた言葉が分からなくなるという感覚は、海外旅行した際に意味が通じなくて困る感覚に似ていると言えますね。

認知症のある方と向き合う

 ここまでいくつか認知症世界のストーリーをご紹介しました。今回ご紹介したものはほんの一部ですので、関心のある方はぜひ『認知症世界の歩き方』(ライツ社)をご覧ください。
 今年3月に発刊した『認知症世界の歩き方 実践編』では、認知症のある方と関わる際の具体的な考え方として、対話(ダイアログ)とデザインという2つの切り口をご紹介しています。
 資料3は、認知症のある方との対話で大切な8つのポイントです。認知症になったからといって、誰もが一様に同じ症状を経験するわけではありません。まず「認知症」と一括りにするのではなく、一人ひとりが違う存在であるという大前提からスタートします。
 いざ目の前のご本人のお話を聞こうと思っても、辻褄の合わなさや理解のしづらさを感じるかもしれません。そんな時、言動の背景には必ず何らかの理由があります。「どうしてこんなことを言っているんだろう?」と推理することが重要です。
 言動の背景を推理するヒントは、次の3つです。
(1)ご本人の発言にじっくり丁寧に耳を傾ける
(2)ご本人の生活環境やそこでの具体的な行動を観察する
(3)認知機能の障害やご本人の生活歴といった知識を身につける
 この3つをヒントに、ご本人の言動の背景を推理していくことを心がけます。
 鍵を回すのが難しいならスマートロックを使ってみよう、薬を飲み忘れてしまうならアラーム機能を使ってみよう、という具合に背景に合わせた工夫ができると、ご本人の暮らしやすさが改善することもあります。

想像力を駆使したデザイン

 次にデザインという関わり方について、トイレを例にお話ししましょう。
 トイレを失敗なく実行するには、適切なタイミングでトイレに行きたいと思えるか、トイレの目印を見つけることができるか、便座に間違いなく腰掛けられるか、などさまざまな認知機能が関わっています。
 「扉の向こうにトイレがある」ことをイメージすることが難しい方もいらっしゃいます。周囲の人にとっては、そんな感覚は思いもよらないことかもしれません。そんな時、「トイレのサインを分かりやすく扉に設ける」だけで随分トイレが使いやすくなる方がいるのです。
 あるいは便座と床、壁の色がみな白っぽいことで、便座の位置がつかめずうまく座れないという方もいます。そんな時は「便座に分かりやすい色のカバーをかける」だけで座れるようになるかもしれません。
 もしトイレを探して歩いているのを「徘徊している」、排泄が間に合わなかったことを「失敗だ。おむつが必要だ」と捉えてしまうと大きな齟齬や行き違いが生まれます。大掛かりな改修などをしなくても、ご本人のお話を丁寧に聞いて様子を観察し、「どうしたら使いやすくなるか?」を考えて工夫してみることで、暮らしやすさを改善することは誰にとっても可能なことです。

誰もが暮らしやすい社会

 『認知症世界の歩き方』では「認知症の方がどういう世界で生きているか」を誰もが想像できるように工夫しました。認知症と聞くと遠い存在のように思われるかもしれませんが、現実世界において誰もがその時々で何らかの認知機能のトラブルを抱えることはあります。それが人間というものです。認知症のある方が暮らしやすい社会、それは間違いなく誰もが暮らしやすい社会です。
 ご本人のお話をよく聞く「対話」の心構え。傾聴・観察・知識という3つのヒントをもとにご本人の置かれている状況を推理する「想像力」。そして、ご本人にとって暮らしやすい環境を工夫する「デザイン」。この3つのキーワードを頼りに、認知症のある方、そして誰にとっても暮らしやすいやさしい場づくり、地域づくりを目指す方が一人でも増えてくれることを願っています。

認知症世界の歩き方
実践編

対話とデザインがあなたの生活を変える

著者:筧 裕介
発行:issue+design
発売:英治出版
定価:1,980円(税込)

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いつでも元気 2023.12 No.385