新たな公害 PFAS
文・武田 力(編集部)写真・酒井 猛
発がん性などが指摘される化学物質PFAS(有機フッ素化合物)。※1
米軍基地や工場から流出したPFASが、土壌や地下水を汚染する新たな公害が全国で発生しています。
東京民医連の健生会(立川市)は市民団体とともに住民の血液検査に取り組み、全国で初めて「PFAS相談外来」を開設。
各地の民医連でPFAS汚染に立ち向かう取り組みが始まっています。
※1 全部で4700種類以上あると言われる。熱に強く、水や油をはじく性質から、フライパンや化粧品、衣類や包装紙などに幅広く使われてきた。米軍が1960年代にスリーエム社と共同開発した泡消化剤にも使用。自然界では分解されず、土壌や海にたまり続けることから「永遠の化学物質」と呼ばれる
※2 今回の血液検査で分析されたのは4種類のPFAS(PFOS、PFOA、PFHxS、PFNA)合計値。米国アカデミーは4種類を含む7種類の合計値で、1ml(ミリリットル)中20ng(ナノグラム)を超えると「健康影響の恐れがある」とする。ナノグラムは10億分の1グラム
※3 日本では2種類のPFAS(PFOS、PFOA)合計で50ng/l。2020年に国が米国の基準(70ng/l)を参考に設定。しかし米国は昨年6月、「生涯健康勧告値」を従来より約3000倍も厳しい値(PFOS 0.02ng/l、PFOA 0.004ng/l)に修正した
「ショックと同時に怒りが湧きました。水は私たちにとっていのちそのもの。国も東京都もPFASによる汚染を把握していながら、あまりに無責任じゃないですか」。三多摩健康友の会立川支部の井出由美子さんは、こう言って憤ります。
1月末に受けた血液検査で、PFASの値が「健康被害の恐れがある」とされる指標値(20ng/ml)を上回りました。※2 井出さんは約4年前から甲状腺の異常で治療を受けており、病状と汚染との関係も気になります。
「長年この地域で暮らし、水道水を飲み水や料理に使ってきた。2年前までは孫も一緒に暮らしていたので、子どもへの影響も心配です」と表情を曇らせます。
井出さんが受けた血液検査は、昨年8月に発足した「多摩地域のPFAS汚染を明らかにする会」が取り組んだもの。昨年11月から今年6月にかけて、東京都多摩地域の全ての自治体(26市3町1村)から803人が参加しました。
「基地が汚染源」の疑い
「横田基地近くの井戸から有害物質」―。2020年1月6日、朝日新聞の記事に住民の不安と動揺が広がりました。報道を受けて東京都は、井戸水が長くPFASに汚染されていた事実を公表。前年(19年)に5カ所の井戸から取水を停止したことも明らかになりました(その後、取水停止の井戸は40カ所に拡大)。
住民の不安に対して、東京都は「いま供給している水道水は暫定目標値 ※3 を下回っており安全」と説明。過去の汚染や健康被害のリスクには目を向けません。「それなら自分たちの手で実態を解明しよう」と提起されたのが、「明らかにする会」の血液検査です。
血液検査の結果は衝撃的でした。「健康被害の恐れがある」指標値を超えた住民が国分寺市(93%)、立川市(74%)、武蔵野市(70%)、国立市(63%)などで多数を占めました。多摩地域の地下水は西から東へ流れており、「横田基地が汚染源」との疑いが濃厚になりました(地図)。
指標値を超えた人の割合は全体で46%にのぼる一方、水道水の水源が異なる町田市(6%)や奥多摩町(7%)など、自治体ごとに明らかな差があらわれました。
公害の教訓に学んで
「明らかにする会」共同代表を務める健生会の草島健二理事長は「医療者として住民の不安に寄り添いながら、健康を害する原因を突き止めて取り除く必要がある」と指摘します。
大気汚染公害に関わった自身の経験にも触れながら、「過去の公害や被ばく者医療はすべて、患者さんが声をあげて初めて行政が重い腰を上げた。患者さんと医療者が力を合わせて、規制や補償などを勝ち取ってきました。住民の声を受け止め、一緒に運動して解決を目指すのが私たち民医連の使命」と語ります。
健生会と三多摩健康友の会は、大規模な血液検査の実現に大きな力を発揮しました。各地域で血液検査の意義を学習して広げ、検査会場やスタッフの確保に尽力。検査会場になった17診療所中16は東京民医連、そのうち9つは健生会の診療所でした。
「PFAS相談外来」開設
今年5月、健生会は血液検査を受けた住民を対象に「PFAS相談外来」を開設。現在は11診療所で予約を受け、診療しています。
「“自分たちの身体に何が起きるのか”という不安がものすごく大きい」と話すのは、立川相互ふれあいクリニックの青木克明医師。広島共立病院院長を務めるなど、4年前まで広島民医連で被ばく者医療に携わってきました。PFAS問題と被ばく者医療について「人権侵害という点で共通している。生活に不可欠な水や環境が汚染され、平穏に生きる権利が奪われている」と強調します。
健生会は米国アカデミーのガイドラインなどを参考に「PFAS診断基準」「PFAS診断手引き」を作成。PFASの健康リスクとして挙げられる腎臓がんや甲状腺疾患、脂質異常症などを念頭に問診や検査を行い、必要があれば専門医に紹介します。さらに独自に作成した「PFASガイドブック」を手渡して、健康リスクや新たな曝露を避ける方法などを伝えます。
青木医師は「日本では“証拠がない”と言って規制や対策を後回しにする傾向があるが、実際に健康被害が出てからでは遅い。先行する欧米の規制や対策にも学びながら、職員や住民と一緒に地域の健康を守りたい」と力をこめます。
市長選の争点・公約に
血液検査の取り組みや住民の不安の声を受けて、自治体の動きにも変化が生まれています。
8月、米軍基地を抱える15都道府県でつくる「渉外知事会」が、国に対してPFAS調査の徹底を求める要望書を提出。9月には立川市の酒井大史市長が、市所有の井戸で独自にPFASの実態を調査する考えを表明しました。
酒井市長は9月の市長選で、「市民連合」などが求めたPFAS対策を掲げて当選したばかり。前出の井出さんは、候補者への「PFASに関する公開質問状」に取り組みました。「市長が変わると、こんなにスピーディーに物事が動いていくんだと実感した」と井出さん。退任した前市長は住民の要望に耳を傾けず、市議会が全会一致で可決した意見書にも行動を起こしませんでした。
三多摩健康友の会の大橋光雄・会長代理は、市長の表明について「実態を解明する出発点に立った」と評価します。「土壌や地下水の汚染の調査、経年的な血液検査で住民の健康リスクを調べるなど、まだやるべきことがある。子どもや孫の世代に問題を先送りしないために、学習して知らせながら運動を広げたい」と前を向きます。
国のあり方が問われる
PFASの汚染源と疑われる横田基地の調査を妨げている壁が「日米地位協定」です。米軍の排他的管理権のもと日本側は基地に立ち入ることすらできず、2015年に締結された「環境補足協定」も機能していません。
健生会専務理事の松崎正人さんは、国民のいのちや健康より米国の意向が優先される現状に「日本の国のあり方が問われている」と語ります。
「住民の健康不安や医療要求にこたえながら、根本的な原因を究明して汚染を断たなければいけない。そのためには今の国の姿勢を改めさせる必要があります。全国の民医連の仲間と力を合わせたい」と松崎さん。東京民医連としてPFASの血液検査ができる体制づくりにも着手しています。
全国に広がる汚染と健康被害
小泉昭夫さん(京都大学名誉教授)に聞く
PFASに詳しく健生会の学習会でも講師を務めた京都大学名誉教授の小泉昭夫さんは「PFASの汚染は全国に広がっている」と指摘する。
PFASを製造する工場のほか、PFASを含む泡消化剤を使用した米軍や自衛隊の基地、さらに半導体や建築素材、衣料品、包装材、化粧品など、PFASを使うさまざまなメーカーの工場から流出があったと考えられる。
汚染は1970年頃から始まっていたが、明らかになったのは最近のこと。現在はPFASの製造、使用とも禁止されているが、自然界で分解されない科学物質のため、いつ人体に影響が及ぶか分からない。
小泉さんら京都大学の研究グループは2002年から調査を開始、沖縄県や東京都西部、大阪府など、各地域の汚染状況を早くから公表していた。
国や自治体の反応は鈍かったが、環境省は20年にようやく調査結果を発表(表)。171カ所中37地点で国の目標値の50ng/lを超え、深刻な汚染が明らかになった。自治体の独自調査も始まり、環境省の調査地点以外の汚染が次々に発覚している。
半減期は約5年
従来の公害とPFASの大きな違いは「被害が分かりづらいこと」と小泉さん。PFASには水俣病の有機水銀のような急性毒性はなく、人体にある脂肪酸と同じような働きをするため、免疫機能や発達などに多様な影響を及ぼす。
小泉さんは「生体機能を少しずつ撹乱するため、健康被害の典型例が見分けづらい。また、構造が生体分子に近いため、いったん人体に入ったPFASの半減期は約5年と長く、健康被害については長期的にみていく必要があります」と言う。
PFASは人体にさまざまな影響を与えるが、現在、米国の研究で根拠がある健康被害として、腎臓がん、胎児や子どもの発育障害、脂質代謝異常、ワクチン効果の減弱の4つが挙げられている。
小泉 昭夫(こいずみ・あきお)
1978年、東北大学医学部卒。秋田大学医学部教授を経て、京都大学医学研究科環境衛生学分野教授。2018年から社会健康医学福祉研究所所長。同研究所は民医連の京都保健会が設立。全国でPFAS汚染状況を調査するほか、各地の住民団体や民医連の対策会議、学習会で講演
民医連が各地で検査
民医連の対策が各地で始まっている。空調大手のダイキン工業淀川製作所(摂津市)がある大阪府。ダイキンは1960年代からPFOA(PFASの一種)を製造し、廃液を川に垂れ流した。2021年8月の大阪府調査では、摂津市内の地下水から3万ng/lと、とんでもない値が検出された。
大阪民医連は9月に摂津市で行う集団検査を皮切りに、11月末までに1000人規模の大規模な血液検査を実施する予定。大阪府内の各事業所(病院4、診療所50)に呼びかけ、大阪府保険医協会にも協力を依頼する。
愛知県西部の豊山町は21年の調査で汚染が発覚し、地下水のくみ上げを中止した。原因として町内にある軍事産業の工場や航空自衛隊小牧基地が考えられる。
愛知民医連は今年6月に北病院(名古屋市北区)で住民の血液検査を実施、54人中22人が血中濃度20 ng/mlを超えた。9月に北病院と千秋病院(一宮市)でPFAS相談外来を開設した。
岐阜県南部の各務原市でも、世帯の半数に水道水を供給している三井水源地の汚染が7月に発覚、自衛隊岐阜基地が原因と考えられる。岐阜民医連は10月21日に、みどり病院(岐阜市)で住民の血液検査を実施する予定で、個別相談会や自治体交渉も進める。
全国の米軍基地の7割が集中する沖縄県。19年の検査には沖縄協同病院(那覇市)が協力、宜野湾市、沖縄市、嘉手納町など基地周辺の住民の血中濃度が高かった。PFASの健康被害の一つ、低出生体重児の割合が、基地周辺で全国平均より高いことが明らかになっている。
全日本民医連は9月の理事会で、「PFAS被害対策方針案検討プロジェクト」の設置を決定。全国の事業所で対応するために診療方針や検査体制を検討し、国や自治体に向けた運動課題も明確にする。
いつでも元気 2023.11 No.384