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いつでも元気

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神々のルーツ 万葉歌人と百済の博士

文・写真 片岡伸行(記者)

「伝・王仁の墓」(大阪府枚方市)の入口。枚方市には特別史跡「百済寺跡」や百済王神社もある

「伝・王仁の墓」(大阪府枚方市)の入口。枚方市には特別史跡「百済寺跡」や百済王神社もある

 古代日本に文字を伝えたのは朝鮮半島の国・百済から招かれた博士「王仁」とされます。
 王仁の撒いた言の葉の種は、やがて日本最古の和歌集『万葉集』に結実します。
 代表的な万葉歌人もまた、朝鮮渡来系との説があります。

 大阪府枚方市にある「王仁の墓」と伝わる地。韓国の花・ムクゲの咲く入口から「百済門」をくぐると、緑に囲まれた静寂の中に墓石が建っています。
 『日本書紀』は、5世紀の初め頃、百済から招かれた王仁が応神の ※1 皇太子に文字と学問を教え、文筆を司る「書首」の始祖になったと記します。百済人の王仁から漢字を学んだということは、当時の倭国では百済語が通じていたのでしょう。

難波津に咲くや木の花冬こもり 
今は春べと咲くや木の花 ※2

 王仁作とされる「難波津の歌」です。難波津は百済から船が着く港。冬ごもりしていた梅の花が春を謳歌するように綻ぶ光景に、列島の文字文化の開花を重ね合わせているようにも思えます。平安時代にできた『古今和歌集』の序文で、紀貫之はこの歌を「歌の父母」と称賛しています。

『万葉集』と大伴一族

 漢字の普及に伴い、8世紀初めの奈良時代から平安時代に万葉仮名で編まれたのが『万葉集』全20巻。天皇や貴族から農民、防人(兵士)まで幅広い層の歌約4500首を収める稀有の歌集で、約半数(2000首余)が作者未詳です。
 代表的な撰者の一人が、自らも全体の約1割に当たる474首を詠む大伴家持です。父・大伴旅人や、女性として最多の85首が載る叔母・大伴坂上郎女の歌も。『万葉集』との関わりが深い大伴氏は朝鮮半島北部の高句麗系渡来氏族との説があり ※3、物部一族と共に初期大和政権の軍事と執政を担いました。しかし、台頭してきた藤原氏の策謀で、旅人が太宰府に左遷(727年ごろ)されるなど、8世紀から9世紀にかけて衰退していきます。

新しき年の初めの初春の 
今日降る雪のいや重け吉事
(新しい年初めに降る今日の雪のように、よいことが積み重なれ)

 時に家持42歳。幾多の受難から希望を見いだそうとするかのようなこの歌(759年作)が『万葉集』の最後を飾ります。

「3大歌人」のルーツは

 「万葉の3大歌人」の一人で、歌聖と称されるのが宮廷歌人・柿本人麻呂です。一族の祖は4世紀後半ごろ朝鮮半島から大和盆地に移住した和珥氏(和邇とも書く)とされます。奈良県天理市にある和爾下神社は元々、柿本氏の祖神を祀り、ここには柿本寺もありました。人麻呂の妻で、同じく万葉歌人の依羅娘子も百済系です。 ※4
 「貧窮問答歌」など『万葉集』に計78首を詠む異色の社会派歌人・山上憶良も同じく百済系。百済滅亡(660年)後、4歳の憶良は父に連れられ半島から逃れ、近江国(滋賀県)に移住したとされます。近江大津宮に遷都(667年)した38代大王・天智の侍医を務めた「億(憶)仁」が憶良の父との説があります。 ※5

田子の浦ゆ うち出でてみれば真白にそ
富士(不尽)の高嶺に雪は降りける

 この歌の作者、山部赤人には「百済野」を詠んだ名歌もあります。百済野は百済寺のある奈良県広陵町百済か橿原市高殿町あたりとされ、いずれも朝鮮渡来氏族が多く住んだ地域。山部氏は山の管理に当たる山守部の一族で、「扶余系の渡来人」との説があります。 ※6
 「万葉仮名」といわれますが、文字は漢字表記で『万葉集』はすべて漢文。その素養があるのは半島などからの移住者と子孫でした。8世紀初めの『日本書紀』も列島に移住した百済人らの文筆力なくしては成立しませんでした。実際、『書紀』には本国(朝鮮)には残っていない『百済本記』からの引用が17カ所もあります。仏教だけでなく、漢字伝来と『万葉集』などの成立の背景にも百済との交流があったことを示しています。(つづく)

※1 当時「天皇」の称号はなく「大王」と呼ばれた
※2 難波津は大阪市中央区付近にあった港。この歌は全日本カルタ協会の競技前に「序歌」として詠み上げられる
※3 畑井弘著『物部氏の伝承』(講談社学術文庫)に詳しい
※4 平安時代初期に編纂された古代氏族名鑑『新撰姓氏録』に「依羅連」の出自は「百済国人」とある
※5 中西進著『万葉歌人の愛そして悲劇 憶良と家持』(NHKライブラリー)などに詳しい
※6 中国東北部から朝鮮半島北部にかけて存在した扶余族はのちの高句麗、百済の支配層になる。朴春日著『古代朝鮮と万葉の世紀』(影書房)に詳しい

いつでも元気 2023.9 No.382