戦争を回避せよ
聞き手・武田 力(編集部)
昨年12月、政府は「安保3文書」※を閣議決定しました。
「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有を明記し、防衛予算(年間)を2027年度には2倍にする計画です。
軍拡に突き進む政府の動きに対抗して、政策提言「戦争を回避せよ」を発表した「新外交イニシアティブ」(ND)※の猿田佐世代表(弁護士)に聞きました。
中国が台湾の独立をめぐって軍事力を行使する「台湾有事(戦争)」が取り沙汰されています。日本政府や一部のメディアは「軍事力を強化して“抑止力”を高めれば、戦争を防ぐことができる」と信じているようです。しかし、まず確認しなければいけないのは、「日本だけでは、どの国とも戦争する理由や可能性がほとんどない」ということです。
日本と中国の間には尖閣諸島の領有権をめぐる対立はありますが、尖閣を得るためだけに全面的な戦争をするとは日中双方考えにくい。北朝鮮もミサイルを頻繁に飛ばしていますが、あれは米国東海岸に届くようにするための演習です。日本は台湾と同盟関係を結んでいるわけでもなく、台湾を“守る”義務はありません。
台湾有事で日本が戦争の被害に遭うとすれば、米国が軍事介入した際の作戦の一部を担う場合だけです。米国は台湾有事のシミュレーションを通して、「勝利するためには日本の協力が欠かせない」と考えています。
外交の力で安全保障
米国と一緒にひたすら軍事力を強化することが、日本の安全保障にとって有効なのでしょうか。
軍拡はむしろ周辺諸国との緊張を高め、際限のない軍拡競争に陥る危険があります。お互いの不信感の中、ちょっとした誤算や錯誤での小さな衝突が起きるなどして、それがあっという間にエスカレートしかねません。
安全保障政策の最大の目標は、戦争を回避することにあります。そのための外交努力が尽くされていないことが問題です。
「台湾は中国の一部」という中国の立場について、日中の国交正常化時に共同声明で日本もこれを尊重し、その公式の立場は今も変わっていません。また、台湾で「今すぐ独立が望ましい」と考える人は一割未満に過ぎません。
米中台の立場は異なりますが、実際には「現状維持」を最低限の目標として、いずれも戦争は望んでいません。日本が行うべきは、米中の覇権争いを対話によって諫めながら、対立を戦争にまで過熱させない外交努力です。
日米「事前協議」を楯に
台湾有事を回避できなければ、日本全体がミサイル攻撃の標的になりかねません。米国の過度な挑発を思いとどまらせるために、私たちは一つの方策として日米間の「事前協議」制度を活用することを提案しています。
事前協議とは、米軍が日本国内で装備や配置などに重大な変更を加える場合、日本との協議の主題にすると確認した取り決めです。日米安保条約を改定した際(1960年)、国民の運動の力を背景に日米の交換公文で認めさせたものです。
米軍が日本から出撃すれば、日本は報復攻撃を受ける危険があるのですから、「ご自由にどうぞ」というわけにはいきません。台湾有事は事前協議の対象であり、「日本政府は国民を守るためにノーと言う可能性もある」と、今から米国に伝える必要があります。
国会でこの問題について聞かれた岸田首相は、「わが国の自主的な判断の結果として『イエス』と答えることもあれば、『ノー』と答えることもあり得る」と答弁しました(3月6日の参院予算委員会、立憲民主党・石橋通宏議員の質問)。
「日本政府が米国にモノを言えるわけがない」と思う方もいるかもしれません。しかし、可能かどうかは国民世論の力の大きさによります。声をあげて政府に圧力をかければ、必ず動かすことができます。
日本国憲法の精神
昨秋、欧州を訪れる機会がありました。ベルギーの旧友宅では「(ウクライナ戦争の影響により)光熱費が月20万円で家賃より高い」という不満を聞きました。しかし電気代の値上がりなどは、戦争の影響の中で最も小さい部類に入るでしょう。
中国との貿易は、日本の貿易総額の4分の1を占めます。直接的な攻撃に加え、食料やエネルギー不足などの経済的な被害をリアルに想定した上で、本当に戦争をしていいのかということです。
東南アジアの国々は、米中の間でうまくバランスをとる外交努力を続けています。「米中いずれを選んでもマイナスが大きすぎる」という彼らの認識は、日本も共有できるものです。
今こそ、国際協調による平和を謳った日本国憲法の精神を活かすべき時です。「SNSでつぶやく」「国会議員にファックスを送る」など、できることはたくさんあります。あらゆる手段を駆使して、戦争をさせない世論を広げましょう。
※安保3文書
・国家安全保障戦略…外交・防衛の基本方針を定める
・国家防衛戦略…防衛の目標を達成するための方法と手段を示す
・防衛力整備計画…防衛費総額や具体的な装備品の整備規模を定める
※新外交イニシアティブ
日本に存在する様々な声を外交で実現すべく、各国政府や国際社会に直接働きかけるシンクタンク。調査・研究や政策提言、情報発信なども積極的に行う。寄付や会費によって支えられており、会員募集中。
●政策提言「戦争を回避せよ」はホームページからご覧いただけます。詳しくは「新外交イニシアティブ」で検索
いつでも元気 2023.5 No.378
- 記事関連ワード
- 平和憲法戦争新外交イニシアティブ