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いつでも元気

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戦争とは何か②

 ロシアのウクライナ侵攻は、なぜ起きたのか。
 戦争について考えるシリーズの2回目。ポーランド在住のルポライター丸山美和さんが、大国に翻弄され続けたウクライナの歴史を紹介します。

 ウクライナの歴史は、近隣諸国の支配で苦しんだ「国のかたちがない国の歴史」だ。ウクライナの国家としての出現は早く、9世紀に成立した「キエフ大公国」にさかのぼる。
 キエフ大公国は権力抗争で王家が本家と分家に分裂。この分裂が現在のロシアとの関係を巡る火種となった。その後モンゴル軍が侵攻し、本家のキエフ公国は滅亡。2世紀にわたりモンゴル帝国の支配を受けた。本家の悲劇とは対照的に、分家のモスクワ大公国は後年、現在のロシアの原点となるロシア帝国へと発展した。
 14世紀後半にリトアニア大公国がモンゴル軍を撃破すると、リトアニアとポーランドの連合王国が約4世紀にわたり、ウクライナの中央部と西部を支配。中世の同連合王国は隆盛を極め、最盛期はバルト海から黒海に至る欧州随一の大国であった。その後、ロシア帝国がクリミア半島から東部にかけて支配した。現在、ロシアとウクライナの間で激しい戦闘が行われている地域である。
 やがてポーランドは衰退し、1918年まで世界地図から姿を消す。それまでポーランドが支配していたウクライナ西部はオーストリア=ハンガリーが治め、中東部はロシア領として組み込まれた。ロシアは支配下に置いたウクライナを「小ロシア」と蔑み、言語などのロシア化を強いた。

ホロドモールの悲劇

 20世紀に入ると、ロシア帝国は崩壊しソビエト連邦が成立。ポーランドは1918年に独立を宣言し、その後ソ連の侵略を打ち破り領土回復を果たした。
 ウクライナも独立を目指してソ連と戦ったが敗れ、その一部に組み込まれた。1930年ごろ、ソ連のスターリン政権による私有財産没収と農業集団化に、ウクライナの農民は激しく抵抗した。時期を同じくして、文化人や指導者が「脱モスクワ」を呼びかけ、民族運動が活発化していた。
 ソ連は見せしめとして、ウクライナの民族主義者や知識人を容赦なく処刑。農民もシベリアや強制収容所へ送られた。また小麦のみならず、あらゆる食糧を没収。ウクライナ全土から食糧が消え、大規模な飢餓が起きた。
 ウクライナではこの悲劇を「ホロドモール」(飢餓による殺害)と呼び、スターリンによる大虐殺と捉えている。餓死したウクライナ人は、推定で500万人とも1000万人ともいわれ、住民がまるごと全滅した村もあるという。ロシアはいまだにホロドモールの大虐殺について一切の謝罪をしていない。

オレンジ革命

 第二次世界大戦後もウクライナはソ連の属国に過ぎなかった。ソ連崩壊に伴い独立を果たしたのは約30年前。それでもロシアはウクライナを属国として扱った。
 しかし、時代の流れは止まらない。同じソ連衛星国だったポーランドが、1999年にNATOに加盟、2004年5月には旧東欧7カ国がEUに加盟した。ウクライナも野党を中心に西側諸国の仲間入りを目指す機運が高まった。
 04年の大統領選挙では、現職の親ロシア派と親西欧派の一騎打ちになり現職当選の報が出た。野党側は違法選挙と訴え、抗議の印としてオレンジ色の布を首に巻いたことから「オレンジ革命」と呼ばれる。再選挙で親西欧派の大統領が誕生したが失脚。親ロシア派の前職が政権の座に返り咲いた。
 14年には首都キーウ(キエフ)で一般市民と国防軍との間に武力衝突が勃発。100人を超える死者を出し、大統領はロシアへ逃亡した。
 同年2月23日、プーチン大統領は「法と秩序、ウクライナのロシア系住民の保護のために軍隊を送る」と表明し、クリミア半島とドンバス地方に侵攻。一方的にクリミア半島をロシアに編入した。ロシアのウクライナ侵攻は、既に9年前のこの日に始まっていたのだ。

決めるのは私たち

 2019年、44人の候補者の中から国民に選ばれたのが現大統領のゼレンスキー氏だ。同氏は旧ソ連時代から続く汚職の阻止を公約に掲げ、外交では親欧米を表明した。
 長年にわたって他国から蹂躙され、民族の尊厳が踏みにじられたウクライナ。それでも誇りは失わず文化を守り続けた。ようやく自分たちの国を持ち、自ら将来を決めて進むことを望んでいる。
 一方、ロシアにしてみれば、長い時間をかけ従順に従うように仕込んだはずのウクライナが、西側諸国への接近を夢見るようになるのは許しがたいことなのだろう。かつての帝国復活をもくろむプーチン大統領は、武力をもって再びウクライナに攻め込んだ。
 日本ではこれまで、ウクライナとロシアの違いが分からない人も多かったかもしれない。今回のロシアの侵攻により、逆にウクライナが確固とした独立国家であることが全世界に示された。
 苦難の歴史を持つウクライナ人の、自由と平和への希求は、私たち日本人の想像をはるかに超えているのである。

いつでも元気 2023.5 No.378