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いつでも元気

いつでも元気

支え寄り添いあきらめない

文・新井健治(編集部) 写真・亀井正樹

夕刻の福井市街、ケアを終え利用者宅からの帰り道。光陽訪問看護ステーション所長の寺本さん(左)と瀬戸川さん

夕刻の福井市街、ケアを終え利用者宅からの帰り道。光陽訪問看護ステーション所長の寺本さん(左)と瀬戸川さん

 訪問看護が制度として始まったのは1983年。
 民医連はそのずっと前から、患者の要求に応えて看護師が自宅を訪問し療養生活を支えてきました。在宅医療の需要が高まるなか、光陽訪問看護ステーション(福井市、福井県医療生協)は新卒看護師の養成を計画的に行っています。

※感染対策を徹底して取材しています

 「○○さん、こんにちは。訪問看護です」─。明るい声とともにインターホンを押し、利用者宅を訪れたのは瀬戸川美穂さん(23歳)。昨年4月に大学を卒業し、光陽訪問看護ステーションで働き始めました。
 訪問看護は患者と1対1で対応します。身近に医師も先輩看護師もいないため、「何かあったら」と不安に感じる看護師も多く、病棟や外来で一定の経験を積んでから従事する職員がほとんど。新卒看護師が最初から訪問看護に挑戦するのは珍しいケースです。
 この日、訪問したのは80代の夫婦2人暮らしのご自宅。最初に体温を測ると、夫婦ともに36・3度と一緒でした。「あら、仲良し」と瀬戸川さん。妻が「同じもの食べているから」と応じます。
 血圧と血中酸素濃度を測定し、聴診器をあて最後にお薬を飲んでもらいます。合間に「お昼ご飯は食べましたか」「お孫さんはいくつになったのですか」など、何気ない会話で心身の状態を観察。「辛いこともあったけれど、今は仕事が楽しいです」と瀬戸川さん。

24時間365日のケア

 光陽訪問看護ステーションは看護師16人、リハビリ職員4人、事務3人の大規模ステーション。土日、祝日をはじめ夜間の当番勤務もあり、24時間365日、約180人の利用者に対応しています。医療依存度の高い患者や複雑な生活背景を抱えた患者も多く、緊急対応が頻繁にあります。
 訪問看護師の1日は朝8時半の朝礼に始まり、利用者ごとのカンファレンスを経て1日4~5件を訪問。車で往復50分以上かかるお宅もあります。合間に訪問記録を書き、気になる事例があれば看護師同士で共有、医師や薬剤師、ケアマネジャーら他の職種に相談することもあります。
 光陽訪問看護ステーションが新卒職員の受け入れを始めたのは2017年度から。同ステーションらしい職員になってもらおうと、「新人訪問看護師育成プログラム」を作成し、計画的に育ててきました。
 プログラムは2年計画で、最初の3カ月間は病院で基本的な技術を習得し7月からステーションに異動。先輩看護師と一緒に利用者宅に伺う「同行訪問」から始めます。
 慣れてきたら先に利用者宅に入り、後から先輩看護師が訪れる「時間差訪問」などを経て、9月中旬からは単独訪問に。最初は状態が安定した患者を担当し、徐々に医療依存度の高い患者や終末期の患者など、受け持ちの範囲を広げます。瀬戸川さんは今年2月から、新規の利用者も担当しています。

プリセプターが見守る

 育成プログラムの特徴は先輩看護師2人がプリセプター(支援担当者)、サブプリセプターとなり、2年間にわたって新卒看護師を支えること。プリセプターの高尾優貴恵さんは病棟経験もあるベテラン。「瀬戸川さんは個性あふれる利用者さんを受け止め、重圧に負けず頑張っている」とほめます。
 高尾さんは「病棟と訪問看護は違いがあります。病院のルールに従っていただく病棟に対し、訪問看護はお家のルールに私たちが従うのが基本。例えば禁酒を強く勧めれば、利用者さんが私たちを拒否する可能性も。あきらめずに粘り強く働きかけ、1日でも長く自宅で暮らせるように支え続けます」と言います。
 サブプリセプターは2019年に入職し、自らも育成プログラムで成長した近藤優衣さん。「最初は何でも一人で判断しなければいけないことに不安もありましたが、同行訪問で先輩のケアを学び、少しずつ自信がつきました」と振り返ります。
 プリセプターの制度は、先輩看護師にとっても学びになります。「瀬戸川さんに教えることで、看護技術や知識の見直しができました」と近藤さん。
 高尾さんは「私たちの世代は育成プログラムもなく、先輩の後ろ姿から学ぶしかなかった。最初から訪問看護を目指す職員がいることに驚くとともに、嬉しい気持ちです」と話します。

待っていた現実

 瀬戸川さんは子どもの頃から看護師を目指していました。大学時代は急性期病院でも実習をしましたが、「患者さんにじっくりかかわりたい」と訪問看護師の道へ。憧れの職業に就いたものの、厳しい現実も待っていました。
 ある糖尿病患者の自宅を訪問した時のこと。最初は“門前払い”で家に入ることさえできませんでした。何度、訪問しても怒鳴られたり居留守を使われたり。先輩看護師たちも、同じく悩みながら対応していました。
 「気ばかり焦っていた」と瀬戸川さん。先輩看護師に相談しながら、どうしたらかかわることができるのか、利用者の立場に立ち時間をかけて考えました。
 いきなり「インスリン注射をしに来ました」と言えば拒否されるため、「近くを通りかかったから様子を見に来ました」と声のかけ方を変えたところ、少しずつ受け入れてもらい、今では普通にケアができるように。「あきらめなくてよかった」と振り返ります。

“押し引き”が大切

 光陽訪問看護ステーションの所長は寺本沙織さん。利用者に寄り添う気持ちが強いあまり、その言葉を全て受け止め、戸惑い落ち込む看護師の姿を見てきました。
 寺本さんはその都度、「私自身も悩んだこと。ケアを拒否されても、あなたを拒否したわけではない。利用者さんの強い言葉は不安な気持ちの現れ。看護師も辛いが利用者はもっと辛い。向き合って乗り越えてほしい」と励ましました。
 「訪問看護は“押し引き”が肝要。押しすぎて利用者さんに拒否され、かかわれなくなってしまうことは避けなければいけないが、命を守るためにどうしても譲れない一線もある。その見極めは経験するしかありません」と言います。
 寺本さんは訪問看護の魅力を「さまざまな価値観にふれ、人間的に成長できること」と指摘します。病気を受け止められず、あらゆる検査を拒否する人。医療への不信から薬は絶対に飲まないと言う人。「ケアはその人の価値観を理解することから始まる。私たちが考え方を柔軟にしなければ」と寺本さん。

優しく強く確かな訪看

 「行ってきます」「行ってらっしゃい」「戻りました」「お帰りなさい」─。利用者宅へ訪問するのが訪問看護師の仕事。光陽訪問看護ステーションは、職員がステーションを出入りするたび、挨拶が交わされる明るい職場です。
 「利用者さんと同じく、さまざまな価値観を持つ職員を尊重すること。管理者に大切なのは、何でも話せる職場づくり。どんなに忙しくても聞く姿勢を持たなければ、大事な報告が抜け落ちる危険もあります」と寺本さん。
 寺本さんが大事にしているのは、育成プログラムの「行動指針」にあるこんな言葉です。「利用者がどんなに医療度が高くても、どんな困難な問題を抱えていても、笑顔でその人らしく生きていくことを支援できる、優しく強く確かな訪問看護ステーションを目指します」。
 新卒で訪問看護の世界に飛び込んだ瀬戸川さんも、間もなく1年。「あっという間で、すごく濃密な時間。利用者さんから、『あなたの顔を見れて良かった』と言ってもらえると嬉しい。これから経験を積み技術が高くなっても、あくまで主体は利用者さん。そのことを忘れずに仕事を続けたい」と笑顔で話していました。

いつでも元気 2023.4 No.377