けんこう教室 訪問看護師の日常(上)
訪問看護師はどんな仕事をするの?
訪問看護師の日常を漫画にして発信している川上加奈子さんが、訪問看護師になったきっかけや仕事で出会ったエピソードを寄稿してくださいました。
みなさんは「訪問看護」と聞いて、どんなことを思い浮かべますか。
「ベテランの看護師が家に来て、なんか色々やってくれるみたいだけど、正直何をやってくれるのかも分からない」「家に他人が入ってくること自体、ちょっと抵抗がある…」という方も多いかもしれません。
看護師である私自身、病院の外来で勤務していた時は、在宅医療というもののイメージが湧きませんでした。母が要支援になってケアマネジャーがつき、ヘルパーが来てくれていた時でさえ、あまりピンと来ませんでした。
私の母はひとり暮らしでしたが、認知症もなく日常生活も自立していました。ただ、心不全があり、少し動いただけで息切れしてしまうため、身体の負担軽減目的で家の掃除にヘルパーが入っていました。訪問看護に関しては「娘さんが看護師なら大丈夫ね」とのことで、体調管理は私に任されていました。
母は不調を訴えることも少なく、いつも元気に振る舞っていたので、当時の私は「塩分を控えめに」「体重は毎日測って、増えてきたら教えてね」くらいの声かけしかできていませんでした。正直なところ、病棟で働いた経験がなく、心不全については学生の時に学んだ程度の知識しかありませんでした。そのため「定期的に受診して、検査データに問題がなければ心配ない」と軽視していたのです。
心不全は完全に治るものではなく、急激な症状悪化と回復を繰り返しながら徐々に進行していく疾患で、そのリスクを減らすための心臓リハビリテーションが重要だと理解したのは、ずっと後になってからでした。
訪問看護の世界へ
料理好きの母は、よく私や姉のところに料理を作っては届けてくれていたのですが、病状が悪化してきた時に、母の顔の浮腫に気がついたのは看護師の私ではなく、素人の姉でした。
いつもしっかりしているように見えていた母は、実は認知機能の低下が進んでおり、体重管理もできていなかったのです。そばにいたにもかかわらず、私はそんなことにも気がつけない、本当に情けないダメダメな看護師であり、娘でした。
結局母はその後、心臓弁膜症の手術をして数年は元気に過ごせていましたが、77歳という若さでこの世を去りました。
「もっと自分がちゃんとした看護師だったら、自宅で心不全のリハビリをしたり、病状を管理することができたのでは」という悔しさが、外来看護師から訪問看護師に転身するきっかけになりました。
立ち止まったエピソード
訪問看護の仕事に慣れてきた2年目。80代の夫が片麻痺の妻(70代)を「老々介護」しているお宅の担当になりました。ベッドからの立ち上がりもままならず、夫も腰痛持ちのため、低床の介護用ベッドの導入とヘルパーによるオムツ交換、訪問看護師による入浴介助などをケアマネジャーと一緒に提案しました。しかし、ご夫婦ともに今ひとつスッキリしない表情です。
「何か不安がありますか」と尋ねると、「たしかにサービスを受けたら便利だし私も楽になるけれど、私が妻を抱きかかえることで妻は安心するんです。かかえて倒れ込んだとしても、そこから一緒に立ち上がるのもリハビリになりますし、それも私たちの楽しみの一つなのです」とおっしゃられたのです。
一瞬、頭を殴られた気分でした。知識ばかりが先行して、利用者さんご夫婦をサポートしている気分になっていた自分が恥ずかしくなりました。
もちろん「倒れ込んだとしても…」というのは怪我につながる可能性もあり、鵜呑みにはできません。しかし、このご夫婦に出会ってからは「利用者さんや、そのご家族が何を本当に望んでいるのか」ということを一番に考えるようになりました。
さまざまな職種が連携
訪問看護では、看護師が利用者さんのご自宅へ訪問して、主に体調の管理を行います。 薬は飲めているか、便秘はしていないか(意外にこのケアが一番多い)、食事はとれて適度な運動はできているか、介護者の負担は大きくなっていないかなど、気になることを全てピックアップして、優先順位を考えてケアの内容を検討していきます。体調が悪くなった時は、主治医と連携して、薬の調整やケアの変更などに対応します。
ただ、訪問看護は在宅医療の一部を担っているにすぎません。ご自宅で安心して生活を継続するためには多職種で連携することが大切であり、その采配はケアマネジャーに託されています。
訪問看護のほかに、掃除や食事支援が必要ならヘルパー、地域に出た方がいいと判断すればデイサービス、薬の管理が必要なら薬局の居宅管理、自宅での専門的なリハビリが必要なら訪問リハビリ、通院が困難な方には訪問診療など、ケアマネジャーが調整します。在宅医療はさまざまな職種が連携することで成り立っているのです。
地域医療を広げたい
最近は診療報酬などの関係で入院日数が短くなる傾向があり、国も在宅医療に力を入れようとしています。コロナ禍で、現場の実態や苦労に改めて注目した方もいらっしゃるかもしれません。
しかし現場から見ていると、在宅医療のマンパワーはまだまだ足りていないように感じます。それは賃金や各職種に対するサポート体制が十分とは言えないことと同時に、地域医療というものが、まだまだ世の中に浸透していないからではないでしょうか。
「訪問看護に興味はあるけれど、ひとりで現場に行く自信はないから無理」と諦めてしまう看護師も多いようです。
でも、決して一人ではありません。先ほど述べたように医師、看護師、ヘルパー、理学療法士、薬剤師など多職種で利用者さんを支えているということを理解していただき、恐れずに地域医療への一歩を踏み出してもらえたらと思っています。
次回は訪問看護の中で出会った利用者さんのエピソードを紹介します。
いつでも元気 2023.4 No.377