LGBTQと医療
聞き手・武田力(編集部) 写真・酒井猛
70年にわたり「無差別・平等」の理念を貫いてきた民医連。
すべての人の受療権を守るために活動する民医連にとって、性的マイノリティーの方々への対応も重要な課題の一つです。『医療者のためのLGBTQ講座』(南山堂)を総編集した
吉田絵理子医師(神奈川・川崎協同病院)に聞きました。
2018年にカナダの家庭医の取り組みを学ぶ研修ツアーに参加しました。最初に訪問した聖ミカエル病院のクリニックの玄関に、(性の多様性やLGBTQ※の権利擁護を表す)レインボーフラッグが掲げられていたんです。健康格差(不平等)にさらされている性的マイノリティーの方々を支援する重要性が、当たり前のように認識されていました。
実際に性的マイノリティーの方々は、男女二元論と異性愛を前提にした社会の中で、日々さまざまなストレスに直面します。いじめの被害者になったり就業差別にあったり、経済的な困難を抱えやすいことが分かっています。
抑うつや不安障害、自傷行為や希死念慮(死にたい気持ち)、依存症などのリスクが高いことも、日本と外国それぞれの研究で明らかになっています。社会の中での性的マイノリティーに対する差別や偏見が、重大な健康リスクと健康格差を生み出しているのです。
受診にもハードル
このように健康リスクが高いにもかかわらず、性的マイノリティーの方々が安心してかかれる医療機関は少ないのが現状です。
例えばトランスジェンダーの方の場合、戸籍上の名前と外見にギャップがあると、呼び出された時にジロジロ見られたり、スタッフに何度も確かめられたり、それ自体が大きなストレスになります。
レズビアンやゲイの方の場合、同性のパートナーを家族として扱ってもらえず面会が制限されたり、手術の同意書へのサインが認められないなど、さまざまな困りごとに出あうことがあります。
性的マイノリティーの方々が安心して適切な医療を受けられるように、「無差別・平等」を謳う民医連こそ取り組まなければいけない課題だと思います。
仲間とつながって
昨年、『医療者のためのLGBTQ講座』という本を出版しました。すべての人がその人らしく健康に暮らせる社会の実現を目指す「にじいろドクターズ」の活動にも参加しています。
私が働いている川崎医療生協では、19年に「ダイバーシティ推進サークル」を立ち上げ、一緒に学び対話する場づくりから始めました。ひとりで頑張っても疲れてしまうので、関心のある仲間とつながって、職場全体の文化にしていくことが大切だと思います。
現在は職員研修に性的マイノリティーに関する学習を位置づけたり、診療所で「問診票の性別欄をなくす」「希望した方の名前を通称名で呼ぶ」などの取り組みが始まっています。
また、地域全体が性的マイノリティーの方々にとって生きやすい場になるように、共同組織の方々と学習会を開いたりもしています。
「性」はみんなが当事者
生まれついた性で不自由なく暮らしてきた方でも、「男性はこうあるべき」「女性はこうでなければ」という押し付けに息苦しさを覚えたことはありませんか。「性は虹色で多様なんだ」という視点に立った時に、それぞれの個性や感性をもっと輝かせて、みんなが自分らしく生きやすい社会への扉が開くように思います。
私自身、性的マイノリティーの当事者として生まれたことで、「死にたい」と思った時期もありましたが、今では人を深く理解する感性が育まれた部分があると感じています。若者に講演する機会もあるのですが、みんなに生き延びてほしいし、「生きていきたい」と感じられる社会にしたいと願っています。
「人権」の問題として
以前は当事者として講演する際に、自分の課題をお願いしているようで「何だか申し訳ない」という気持ちがありました。でも、研修ツアーで出会ったカナダの医師たちは「患者の権利を守るために声をあげるのは当然」という姿勢で、積極的に社会に働きかけていました。私は「人権」について、真剣には考えてこなかったのではないか―。自分自身に対する偏見が剥ぎ落とされ、「人権」の問題としてとらえ直すきっかけになりました。
民医連の「無差別・平等」も、あらゆる側面から見て「無差別・平等」であってほしいと思います。経済的な側面だけでなく、性の多様性に配慮しているか、障害のある方がバリアなく受診できるか、日本語が母語でない方への対応はどうかなど、一人ひとりの声を大切にしながら「無差別・平等」を深化させていければと思います。
※LGBTQ…以下の頭文字を合わせた言葉で、性的マイノリティーを表す際に使われるが、これですべてのセクシュアリティを表現できるわけではない
Lesbian(レズビアン)
女性に恋愛感情を抱く女性
Gay(ゲイ)
男性に恋愛感情を抱く男性
Bisexual(バイセクシュアル)
自分と同じ性別、異なる性別、どちらの人にも恋愛感情を抱きうる人
Transgender(トランスジェンダー)
出生時に指定された性別と性自認とが一致しない人
Questioning(クエスチョニング)
セクシュアリティを探求中の人や決めつけたくない人
Queer(クイア)
「風変わりな」「奇妙な」という意味で、元々は同性愛者などに対する蔑称だったが、1980年代末ごろから性的マイノリティーが自称する肯定的な表現として用いられるようになった
医療者のためのLGBTQ講座
総編集:吉田 絵理子
出版社:南山堂
定価:3,300円(税込)
いつでも元気 2023.3 No.376