大砲かケアか
聞き手・武田 力(編集部)
「認知症の人と家族の会」鈴木森夫 代表理事に聞く
2024年4月の介護保険改定について議論する通常国会が始まります。
昨年は厚労省の社会保障審議会に“史上最悪”とも称される改定が提案されました。
今後の運動の課題について、「認知症の人と家族の会」の鈴木森夫代表理事に聞きました。
2000年にスタートした介護保険は、3年ごとに制度の見直しがあります。昨年は第9期(24年4月実施)に向けた議論が、社会保障審議会の介護保険部会で行われました。
提案された項目(別項)は以前から狙われてきたもので、負担増と給付削減のオンパレードです。「認知症の人と家族の会」は早くから警鐘を鳴らし、「誰もが安心して利用できる制度に」と声をあげてきました。
「家族の会」として8年ぶりに独自の署名にも取り組みました。社会保障審議会の時期に合わせて、何としても議論の流れを変えたいという危機感がありました。手書き署名とオンライン署名を合わせて、約11万人の方にご協力いただきました。
みなさんと一緒に声をあげた運動の力で、すべての項目について今回の法案化を見送らせることができました。
利用料2割化の拡大も
ただ、政府は結論を先延ばしにしただけで、まったく諦めていません。利用料2割負担の拡大や、「高所得者」の保険料引き上げについては「今夏までに結論を出す」としています。政府の裁量で、24年4月の実施を強行する可能性もあります。
この間のコロナ禍や物価高騰によって、ただでさえ高齢者の暮らしは大変です。さらに追い打ちをかけるように年金の引き下げや、後期高齢者医療の窓口負担2割への引き上げが行われました。
実は今でも要介護認定を受けた約700万人のうち、約100万人がサービスを利用できていません。背景はさまざまでしょうが、利用料が上がればますます必要なサービスを受けられない人が激増することは確実です。
私たちのオンライン署名にも「これ以上の負担増は死活問題」「生活が破綻する」などのコメントが寄せられました。実施を阻止するために、引き続き声をあげていかなければなりません。
命綱を奪うのか
その他の項目について、たとえ今回の法案に盛り込まれなかったとしても安心はできません。現場の実態を示しながら、さらに運動を強めていく必要があります。
例えば、3年後の見直しで「結論を出すことが適当」とされた「要介護1・2の訪問・通所介護の総合事業への移行」。総合事業とは市町村が運営する「介護予防・日常生活支援総合事業」のことで、「要支援の訪問・通所介護」は既にこちらへ移行しています。
総合事業は全国一律の介護保険給付とは違い、市町村が独自に基準や報酬を決めて実施します。予算の上限が決められ、無資格のボランティアが担うなど、さまざまな問題が指摘されています。
そもそも要介護1・2の人が、介護を必要とする原因のトップは認知症で、2~3割を占めます。認知症の初期の段階から専門的なケアを受けることで、症状を悪化させずに地域で暮らし続けることができるのです。この命綱を奪うことは、国の認知症施策「早期発見・早期対応」の理念にも反します。
国庫負担の引き上げを
介護保険見直しのたびに負担増と給付削減が続く背景には、導入時に国庫負担が従来の5割から大幅に引き下げられたという問題があります。国は給付費の25%しか負担しておらず、利用が増えると保険料を上げざるをえない仕組みです。65歳以上の保険料は全国平均で、導入時の月2911円から6000円超まで高騰しています。
これ以上の負担増と給付削減が続けば、サービスを受けられず生活が破綻したり、さらなる介護離職やヤングケアラーを生み出しかねません。親も子も安心して老いることができない社会に希望はありません。
利用者の生活と尊厳を守る介護サービスは、社会的にもケアの中心を担っています。国が防衛費の2倍化に動き出すなか、「どこに優先して予算を使うべきか」はむしろ訴えやすくなっていると思います。私は「大砲かケアか」と言っていますが、利用者も職員も事業者も力を合わせて、いのちとケアが大切にされる社会に変えていきましょう。
認知症の人と家族の会
認知症の人を介護する家族がつらさを共有し、励まし合おうと1980年に結成。全都道府県に47支部。認知症になっても安心して暮らせる社会を目指し、つどいや相談活動、行政への要望・提言などを行っている
いつでも元気 2023.2 No.375