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いつでも元気

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若者の無低プロジェクト

文・新井健治(編集部)

 北海道勤医協(札幌市)の若手職員が、ツイッターやインスタグラムを活用して無料低額診療事業を広げるプロジェクト(無低PJ)を進めている。2023年は全日本民医連が発足して70年(1953年6月創立)。70周年企画の第1弾として、北海道の取り組みを取材した。

 「お金もなく無保険だった僕が病院にかかれた話!」「少ない年金、たび重なる入院。いったい私はどうなるの?」─。優しいイラストとともに、無料低額診療事業(以下、無低)の仕組みを分かりやすく解説した画像がツイッターとインスタグラムにたくさん掲載されている。作ったのは北海道勤医協の若手職員だ。
 無低は収入に応じて、医療費の自己負担が無料や一部免除になる制度。経済的に困難を抱えた患者が安心して受診できるよう、全日本民医連は2006年から積極的にこの制度を活用するよう加盟事業所に呼びかけた。今では無低を使って受診できる全国の医療機関のうち、民医連が55%を占める。
 コロナ禍で制度の利用者が増えることが予想されたが、北海道勤医協の20年度の患者数はむしろ前年より減った。「本当に困った人に無低が知られていないのではないか。宣伝して利用者を増やそうと、青年の力を借りることにしました」と佐藤秀明専務。
 無低PJは21年4月に20代が中心の職員7人で発足。北海道勤医協本部総務課でPJ事務局長の中田智大さんは「生活に困った人や若者に届く手段としてツイッターやインスタグラムを活用。当事者が制度をイメージしやすいように、イラスト中心にしました」と語る。

背景に家族の困難

 イラストは本部に毎月届く無低の新規事例一覧から特徴的なケースを選び、PJのメンバーが原案を作成。これをもとに本部人事課の久末美波さんが、シャーペンでイラストを描く。コピーして線を太くしたあと、スマートフォンで撮影して背景を合成する。
 「気を付けているのは患者さんの表情。困っている人に向けて発信しているので、あまり深刻そうでも、かといって楽しそうでもいけない。口角ひとつ、眉毛ひとつで表情は大きく変わるので、何度も描き直します」と久末さん。
 イラストは「失業して借金がある」「アパートを強制退去」「手取り10万円のタクシー運転手」「生活保護打ち切りで受診を中断」など、これまで14話を掲載した。
 久末さんはPJを通して多くのことを学んだ。「DV(ドメスティックバイオレンス)が無低に該当するなんて知らなかった。患者さんの背景にはお金だけでなく、家族関係の困難もあることに気付きました」と話す。

銭湯にも出かけて

 PJのメンバーの活動はネット上にとどまらない。大学生協やハローワーク、銭湯などへも出かけて制度を紹介。札幌市内300の小、中学校に向け、子どもがけがをした場面のイラストを表紙にしたパンフレットを送付した。
 本部看護部の石崎冴理さんは「大学生協の職員など『初めて聞きました』という人も多く、制度が知られていない」と実感。本部に異動する前は小樽診療所に勤務していた。「糖尿病だと自己負担が月1万円以上にもなる。無低で助かった人も多く、大切な制度をもっと広めたい」と言う。
 札幌病院ソーシャルワーカー(SW)の畑山有梨奈さんは入職2年目。10月には若者の利用が多いネットカフェを訪問して無低を紹介した。「当院にはコロナ後遺症外来があります。後遺症で仕事もままならず、経済的な困難を抱えた同世代の患者さんも来る。自ら無低の制度を調べ、受診できる人は限られています」と指摘する。

たくさんの気付き

 PJのメンバーには、たくさんの気付きがあった。本部人事課の奥山千佳さんは「普段は患者さんと直接関わらない職場。貧困が広がっていることは頭では分かっていたが、事例を通して困っている人がたくさんいることを実感した」と振り返る。
 本部組織広報部の高橋あかりさんは「PJを通して、ニュースでしか知らなかったヤングケアラーのことも深く考えるようになった。入職前は人ごとだった社会に対する見方が変わりました」と言う。
 勤医協中央病院SWの長屋春香さんは「救急外来には他の病院を断られた無保険の患者さんも来ます。PJでコロナ禍で会えなかった同世代の職員とも関われた。目的を持って何かを作る活動は新鮮です」と笑顔を見せる。

事業所ごとにPJを

 「本部の多くの会議は管理部主体。PJは自分たちで考えて開催するので、運営方法も学ぶことができます」と語るのはPJ事務局長の中田さん。
 「まずは職員が制度を知らないと広めることもできない」と考え、職員向けの学習会やアンケートもPJで企画。窓口で患者に渡す領収証の裏面に無低を案内する仕組みも作った。
 佐藤専務は「青年職員のアイデアは豊か。なかなか実行に移せない時には、上司からも援助と後押しを行います。PJを通して青年たちは大きく変わりました」と評価する。
 無低の記事の閲覧数はツイッターが約7万6000件、インスタグラムが約7000件(10月)と順調に伸びている。今後の課題は各事業所ごとにPJを立ち上げること。職員2人が本部のPJに参加する苫小牧病院(苫小牧市)では、既に独自のPJが始まった。中田さんは「各病院の事務長に11月、院内無低PJの立ち上げを提起しました」と語った。

薬代助成を求めて
北海道民医連

 北海道民医連は積極的に無低に取り組んでいる。2002年の北海道勤医協を皮切りに、各法人が次々と無低を開始。現在は7法人で病院9、医科診療所20、歯科診療所5、介護老人保健施設4が実施している()。
 ただ、無低は院外薬局への適用はなく、診察代が無料や一部免除でも薬代がかかることから、治療を躊躇する患者も多い。そこで道内の民医連は、国の制度ができるまでの間、自治体が独自に薬代を助成する制度を作るよう粘り強く交渉。友の会の協力もあって、いまでは旭川市から美瑛町まで道内3市5町で助成を実現した。北海道以外では全国に3市しかない()。
 北海道の南、太平洋に面した浦河町(人口約1万1000人)。漁業と競走馬の産地として知られるが、高齢化もあり生活保護世帯が全国平均の倍以上になる。
 民医連の浦河診療所は15年から毎年、友の会とともに町と交渉し、20年4月から無低患者への薬代助成を実現した。診療所の澁谷譲所長は「何よりも、治療を中断する患者さんが大きく減りました」と話す。
 浦河診療所は町内の小、中学校や企業を訪問、地域包括ケア会議にも参加して無低を紹介。町役場の職員や医療関係者を集めて制度の学習会を開いてきた。「無低の理解を深めたことが、薬代助成につながりました」と澁谷所長。
 浦河診療所友の会の荻野節子会長は「薬局の窓口で『お金がないから、薬は半分でいい』と訴える患者さんもいた。きちんと治療をすれば、医療費全体の軽減にもつながるとの訴えが町を動かしたのだと思います」と語る。

患者をみる視点に変化

 札幌市などで9薬局を運営する民医連の(株)北海道保健企画は、2014年から毎年、無低の利用患者を訪問、6年間で延べ310人の職員が200軒を訪れた。取り組みを報告した同社本部総務部長の丸山顕一さんが、22年の「第14回民医連表彰」発表部門で表彰された。
 訪問では薬代を節約するために自己判断でインスリン注射の回数を減らしている患者の話など、薬局窓口では分からない患者の切実な実態を知った。「患者さんの思いを聞くことで、改めて薬代の助成が必要なことが分かりました」と丸山さん。
 訪問後は全職員集会を開き、職員が事例を報告し共有。21年に行った職員アンケートでは、「生活実態を見て『500円、1000円が本当に払えないのか』との疑問が払拭された」「薬代を払えないことに負い目を感じている患者さんも多い」「窓口で気持ちをくみ取れるようになりたい」など、患者をみる視点が大きく変化したことが分かった。
 同社は2万筆以上の署名を集め、札幌市に薬代助成を求めて4度にわたって交渉したが、まだ実現していない。「でも、あきらめるわけにはいきません。患者さんの思いを受け止め、粘り強く交渉していきたい」と丸山さん。
 民医連は全国各地で無低を広げるとともに、薬代助成の実現に取り組んでいる。北海道から遠く離れた沖縄からも嬉しいニュースが届いた。豊見城市の9月議会で薬代助成を求める陳情が採択され、23年度中には助成制度がスタートする予定。4薬局を運営する(株)沖縄健康企画と沖縄医療生協組合員が、1510筆の署名を集めて交渉してきた成果だ。

無料低額診療事業 
 社会福祉法(1951年)に定められた制度。各都道府県に届け出て受理されれば始められる。法人ごとに基準は異なり、北海道勤医協の場合は1カ月の収入が生活保護基準の120%以内と就学援助世帯で医療費の窓口負担が全額免除、140%以内で一部免除。無保険、ホームレス、DV被害者、外国人も対象になる。
 全日本民医連は37回定期総会(2006年)で無低の積極的な活用を呼びかけた。民医連の実施医療機関数は08年の88施設から20年は401施設と4.5倍に増加。全国732施設の55%を占めるが、全医療機関の0.4%に過ぎない

いつでも元気 2023.1 No.374