ひだまりの里
文・新井健治(編集部)写真・野田雅也
岡山市南部の“限界集落”で、空き家を使った住民同士の新たなつながりが生まれました。パンや豆腐の委託販売、認知症講座、若手主体の朝市も始まった「阿津ひだまりの里」を紹介します。
岡山市の中心街から車で30分、児島湾に面した阿津町内会は、約400人の住民の6割が80歳以上、地元の小串小学校の児童は21人しかいない。かつては漁業で賑わった町も人口減少が著しく、町内には空き家も目立つ。
町内会から西へ5km離れた民医連の「岡山ひだまりの里病院」が、阿津の住民から寄贈された空き家を改修。2020年12月に「コミュニティスペース阿津ひだまりの里」(以下・ひだまりの里)として生まれ変わり、町内会に無償で提供した。
町内会は住民の要望でひだまりの里に整骨院を誘致。最寄りのコンビニまでは5kmと近所に商店がないことから、市街地にあるパン屋と豆腐屋の委託販売を始めた。
兼業農家の人もいて、住民の朝は早い。取材した日は早朝6時半から豆腐の委託販売。取りに来ることができない人には、町内会で配達もする。
町内会長の中川三郎さん(78歳)は「注文を受け付けて配達し、お金の計算もする。大変ですが認知症の予防にもなる。住民同士の絆も深まりました」と話す。
7時半からは、岡山ひだまりの里病院作業療法士の夏目玲子さんを講師にフレイル予防講座がスタート。夏目さんは「フレイル(心身の衰え)の予防には、外に出て人とつながることが大切」と強調。14人の参加者とともに、下半身を鍛える体操で盛り上がった。
若手主体のカモメ朝市
ひだまりの里の取り組みは住民同士のつながりを生むだけではない。街から人を呼び込み、にぎわいを取り戻す効果もある。
昨年11月には隣接する空き地を使い「カモメ朝市」を開催、約1300人が集まった。朝市実行委員会会長の山本誠さん(41歳)は高校までこの町で育ち、今は岡山市東区で鉄工所を経営している。「以前から生まれ育った地域に貢献したかった。ひだまりの里ができたことで、良いきっかけをもらいました」と話す。
実行委員会は大学生に依頼して作成した第1回朝市のおしゃれな動画を配信。カモメが集まる海辺で食事できることから評判を呼び、今年4月の朝市には30店が出店して2100人が来場。11月には3回目を開く予定だ。
朝市は岡山市南区の区づくり推進事業にも選ばれて予算が付き、会場のテーブルやテントの購入に充てるなど行政との連携も進む。実行委員会には山本さんのように若手が多く、町内も活性化。「企業や老人ホーム、小中一貫校を誘致するプロジェクトも計画しています」と山本さん。夢が広がる。
認知症に優しい街づくり
岡山ひだまりの里病院(180床)は認知症専門の精神科病院で、外来やデイケアも行う。認知症患者のいる家族の悩みは、受診に抵抗がありきっかけがつかめないこと。黒瀬健弘事務長は「ひだまりの里ができたことで、病院へのハードルが下がった。顔と顔がつながっているので、安心して受診してもらえます」と話す。
同院はひだまりの里で認知症予防講座を定期的に開くほか、阿津公民館で藤田文博院長を講師に公開講座を開催。朝市にも健康チェックのブースを出して、病院をアピールしている。
町内会相談役の田中弘志さんは、遠方に住む義母と自宅で同居しようと同院を受診してもらった。「かつての町なら、義母は孤独になっていたかもしれない。認知症への理解が進んだ今なら、地域が受け入れてくれる」と言う。
田中さんはひだまりの里で販売する米粉パンの工場を経営するほか幅広く事業を展開しており、地元企業や行政、市議会議員と町内会のつなぎ役でもある。
「閉鎖的で横のつながりが少ない地域だった。ひだまりの里ができたことで、町の停滞していた空気が変わった」と田中さん。
全国の過疎地で目立つ空き家対策として、国会議員の視察もあるひだまりの里。認知症に優しい街づくりとしても注目されている。
いつでも元気 2022.11 No.372
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