青の森 緑の海
●今回は特別に北海道からお届けします
8歳の息子と、夏休みに初の2人旅へ出かけた。行くなら沖縄から一番遠い北海道。学校の宿題は遅れても実体験が優先と、僕の野生動物撮影に付き合ってもらった。息子が一番強く印象を受けたのがヒグマとの出会い、そしてヒグマを巡る人間の姿だった。
北海道では今、熊と人間の間に軋轢が生じている。両者の生活圏が重なってきているのだ。これまでも山の食料が不足した時など同様の接触はあったが、近年は熊が明らかに人間を恐れない例が増えた。
写真は知床半島の公道で、ヒグマの親子に遭遇した時の様子。この後「熊を近くで見たい人々」がスマホ片手にぞろぞろ車から降りて歩いて来る光景が展開した。熊が見えると添乗員に促されたのか、杖をついたご年配の集団もマイクロバスから降りてしまった。
ヒグマは時速50kmで走る。なかでも子を守る母熊は急に人を襲うことがあり、お互いの安全距離は50mといわれている。人間はもちろん、熊を守るためにも車からは降りないことが大前提。人に慣れた熊は人間とトラブルを起こし、殺されるのが通例だからだ。
ヒグマに詳しい知床財団の職員が熊除けベルを鳴らしながら到着するまで、僕は仕方なく「野生のヒグマです。車から降りないでください!」と叫び続けたが、人々は渋々車に戻りまた新しい観光客が車を降りてくる、の繰り返しだった。息子は「野生の熊だよ。この人たちは何してるの?」と、大人たちの行動が理解不能の様子だった。
動物園の熊と野生の熊を区別できないほど自然から遠く離れてしまった人々の姿と、自ら状況を判断できない人間を育ててきた教育の“成果”が如実に現れた気がしてならない。
【今泉真也/写真家】
1970年神奈川生まれ。中学の時、顔見知りのホームレス男性が同じ中学生に殺害されたことから「子どもにとっての自然の必要性」について考えるようになる。沖縄国際大学で沖縄戦聞き取り調査などを専攻後、一貫して沖縄と琉球弧から人と自然のいのちについて撮影を続ける。2020年には写真集『神人の祝う森』を発表。人間と自然のルーツを深く見つめた内容は高い評価を受けている。
いつでも元気 2022.11 No.372
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