ウクライナの若者たち
文・写真 ルポライター 丸山美和
ロシアによるウクライナ侵攻から5カ月あまり。
ウクライナの隣国、ポーランドには450万人を超えるウクライナ人が避難してきました。※1
ポーランド南部クラクフ在住のルポライター、丸山美和さんがウクライナの若者に話を聞きました。
アンドリイ(18歳)は、ウクライナ西部のリビウからポーランドへ一人で逃げてきた。調理師専門学校を卒業したばかりで、スペイン料理が得意。日本文化に憧れ、いつの日か“桜の咲く国”へ訪れることを楽しみにしていた。
ところがリビウでコックとして働く予定も、お金をためて日本へ行く夢も、戦争によって歪められた。「ロシア軍は故郷を瓦礫に変え血まみれにした。最大限の憎しみと侮蔑を抱いている」と語る。
想像してほしい。慣れ親しんだ学校や商業施設、駅が爆撃で破壊されたら…。隣国の兵士がいきなり自分の集落にやって来て、家々が燃やされたら…。
「観るのが辛い」
ウクライナの首都キーウから避難したアルテム(16歳)は、母と幼い弟妹とクラクフのアパートで生活している。キーウではスペイン語の語学学校に通い、通訳を目指していた。父と祖父はウクライナに残って戦っている。「故郷が毎日破壊されるニュースを観るのはとても辛い。ロシア軍のロケットは、住宅や幼稚園までも爆撃している」と悲しむ。
同じくキーウから避難したマリヤ(21歳)は「自分の国から、なぜ逃げなければならないのか。本当は母国に留まりたかったが、両親が心配したから仕方なく逃げた」と言う。マリヤは7月から日本へ留学、大阪大学で近代日本文学を学んでいる。
ポーランドの首都ワルシャワ市内の学校では、ウクライナの子どもへのいじめや差別もあるという。彼らは言葉も不便な避難先で、現地の人に遠慮をしながら気丈に振る舞っている。しかし心は深く傷つき、大きな悲しみを抱えている。誰もが一日も早い戦争の終結と、祖国への帰還を切望している。
苦難に満ちた歴史
ウクライナの国旗は、鮮やかな青と黄色だ。抜けるような青空と豊かな実りを表しているという。ところがロシア軍は、黄金色の小麦畑を炎で焼き尽くし大地を血と涙で染めた。
中世の時代から周辺国の脅威にさらされてきたウクライナの歴史は、苦難に満ちている。特にロシアによる統治時代は過酷で、ウクライナ語による訴訟や出版も禁じられた。何度も戦争の激戦地となり荒廃。第二次世界大戦中の人的損失※2は1400万人以上といわれ世界最大だ。約100万人がシベリアなどへ強制労働に駆り出され、ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺が行われた地でもある。
一方、日本は四方を海に囲まれた極東の島国。地続きの国境がないという特別な地理的条件が、他国からの侵略を防ぎ、独立を守ってきたことは明らかだ。
ウクライナはロシアと約1300kmもの国境を接している。ロシアによる侵略はウクライナの近現代史の大半を占めており、戦争は常に身近だ。長年にわたり戦争被害の当事者として苦しみ続けてきた人々にとって、他国からの侵略に備えなければならないことは悲しい現実。それだけに、平和への希求は非常に強い。
9条は平和の道標
ウクライナの若者へ取材中、ふと「日本には国民が誇りにしている憲法がある」と口にした。すると彼らは「いったいどのような憲法なのか」と聞きたがった。憲法9条の説明をすると、意外にも一様に目を輝かせたのだった。
「すごいね。この憲法がロシアとウクライナにあれば、どんなにいいだろう。むしろ世界中に必要だよ」「ウクライナの人は誰も戦争なんかしたくない。日本がうらやましい」。
オレクシー(23歳)は、4月初旬にロシア軍による住民虐殺が明らかになったブチャの出身だ。日本が北方領土問題を抱えていることを知っており、「日本も領土回復のために戦うべきだ」と主張していたが、9条を知ると「日本の憲法は平和と安全を国民に保障している」と思いを改めた。
日本とウクライナが歩んできた歴史や環境の違いは、簡単に比較することはできない。しかし私たちは知っておくべきだ。世界中で戦争に苦しむ若者たちが平和を望んでいることを。そして憲法9条が示す平和と非戦の誓いは、ウクライナの若者たちにとって希望の光に見えていることを。
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戦争が終わったら、まず何がしたいかと聞いたら、多くの若者が「家族、友人、仲間、親しい全ての人を抱きしめたい」と答えた。
ハルキウから逃げてきたエレナ(25歳)が目に涙を浮かべてこう言った。「この恐ろしい現実が、ただの劇や映画ならどんなにいいだろう。すべての家が壊されず、誰もが生きているのならば、どんなに幸せだろう」。
将来、彼らはウクライナ再建の中心になるとともに、世界平和への提言を行う立場になるだろう。その時、日本の憲法9条が非戦と平和の実現へ踏み出す道標になることを、私は願ってやまない。
※1 7月1日以降、ポーランド政府によるウクライナ難民への生活支援金の支給が廃止になった。現在は帰還あるいは周辺国への避難が進んでおり、ポーランド在住の難民の総数は減っている
※2 人的損失とは戦争の犠牲者数だけでなく、強制収容所へ連行されたり国外へ強制移送された人も含む
いつでも元気 2022.9 No.370