日本兵のPTSD
聞き手・武田 力(編集部) 写真・酒井 猛
戦場での体験が兵士の心を痛めつけ、帰還後もPTSD※に苦しむ人が多くいます。
「戦地から帰った父親はPTSDだったのでは―」。
三多摩健康友の会(東京)武蔵村山支部の役員を務める黒井秋夫さん(73歳)は、2020年5月に「PTSDの日本兵と家族の交流館」を建設。
きっかけや思いについて聞きました。
※PTSD…心的外傷後ストレス障害。命を脅かすような強烈な体験をきっかけに、それがフラッシュバックや悪夢によって再体験されたり、不安や緊張が高まって日常生活に支障をきたす
私の父親は1941年、2度目の召集で中国へ出征しました。旧「満州」でゲリラ討伐作戦に参加した記録が残っています。終戦の45年に捕虜となり、翌年に帰国。私は48年に生まれました。
私が物心ついた頃には、すでに父親は無口で無気力な人間でした。定職に就かず、家はずっと貧乏。「自分はこんな大人にはなるまい」と、父親を軽蔑しながら反面教師にして生きてきました。89年に76歳で亡くなるまで、それが父親の本性だと思っていました。
元海兵隊員の証言
2015年にピースボートに乗船した際、元アメリカ海兵隊員のアレン・ネルソンさんを撮ったDVDを観ました。ベトナム戦争に従軍した彼は、帰国後にPTSDを発症。家族や社会との関係をうまく築けず、「人生が変わってしまった」と証言していました。
ネルソンさんの悲痛な表情と自分の父親の姿が突然重なって、雷に打たれたような衝撃を受けました。平和や歴史に人一倍関心を持ち、戦争で人間の心が壊れることは知っていたのに、自分の父親と結びつけて考えたことは一度もなかったのです。
すぐにピースボート上で「日本兵だった父親について語り合いませんか」と、自主講座を呼びかけました。参加者からは家庭内暴力やアルコール依存、沈みがちで無気力な父親の姿など、さまざまな話が出てきました。ある女性は後日、「初めて父親の真実を理解した気がして、一晩中声をあげて泣いた」と明かしてくれました。
ひた隠しにされた事実
米国ではベトナム戦争やイラク戦争に従軍した兵士の2~5割にPTSDの症状があったと言われます。太平洋戦争から帰還した日本兵に換算すれば約200~400万人。戦後、日本の5世帯に1世帯は、戦争による心の傷を負った元兵士を抱えていたことになります。
それは家族のコミュニケーションや子どもの育ちにも影響を与えたでしょう。“平和で豊かな日本”という戦後社会のイメージは、重大な事実を見落として成り立っているのではないかと考えるようになりました。
国は「(精神を病むような)軟弱な皇軍兵士はいない」と、日本兵のPTSDをひた隠しにしてきました。戦後、アジア諸国に対する謝罪や戦争責任にも真剣に向き合ってこなかった。帰還した日本兵が、心の葛藤や悩みを安心して話せる社会ではなかったのです。
誰も声をあげずに事実が埋もれてしまえば、同じ過ちが繰り返されるかもしれない。私は強い危機感を持ちました。
殺す側にも癒えない傷
2020年5月、自宅の庭に「PTSDの日本兵と家族の交流館」を建設。マスコミにも取り上げられ、当事者家族や研究者とのつながりもできました。講演を依頼されたり、武蔵村山市のイベントで友の会の健康チェックの隣で展示もしました。
開館から2年間でのべ1600人が訪れ、うち8割近くは学校帰りに寄る子どもたちです。資料や書籍などと一緒に展示された銃弾は、子どもたちに強い衝撃を与えます。「こういう物がウクライナの戦場でも飛び交っている」と伝えると、その恐怖を実感として受け止めてくれます。
ロシアのウクライナ侵略は、一刻も早くやめてほしい。戦闘が長引くほど、PTSDに苦しむ人が増えることは間違いありません。殺される側だけでなく、殺す側にも決して癒えることのない傷を残すのが戦争です。
日本国憲法9条を体現
交流館の入り口に掲げている白旗は、「戦わない(殺さない)で逃げよう」という私なりのメッセージです。武力でお互いが納得するような解決はありえない。いのちこそが一番大切なもので、「他国に再び銃を向けない」と誓ったのが日本国憲法9条です。紛争を話し合いで解決する外交努力こそ、政治家の役割だと思います。
私が父親のPTSDに気づいていれば、もう少し違う親子関係を築けたかもしれない。今の世界や日本を見て、父親だったら何と言うだろう。後悔や申し訳ない気持ちを抱えながら、今は亡き父親の心に近づきたいと考えています。
PTSDの日本兵と家族の交流館
〈所在地〉
〒208-0001東京都武蔵村山市中藤3-15-4
〈電話〉
080-1121-3888(黒井さん)
〈ホームページ〉
「PTSDの日本兵と家族の交流館」で検索
PTSDの日本兵の家族の思いと願い・証言集会
8月7日(日)13~16時(開場12時15分)
武蔵村山市民会館(小ホール)
資料代500円
※電話かメールで事前予約をお願いします
いつでも元気 2022.8 No.369