戦争をなくすために
聞き手・武田力(編集部)
ロシアによるウクライナ侵攻は、世界に衝撃を与えました。
戦争をなくすためにはどうすればいいのか。日本国憲法の役割とは。
「戦争をなくすことと、身近な暴力をなくすことはつながっている」と話す憲法学者の清末愛砂さん(室蘭工業大学教授)に聞きました。
ロシアによるウクライナ侵略は、「紛争の平和解決」「武力行使の原則禁止」を定めた国連憲章違反であり、絶対に許されません。病院などを含む民間人への無差別攻撃や原発関連施設への砲撃、さらにはロシア国内での人権弾圧など何重にも許されない蛮行です。
ロシアは侵略の口実として、NATO(北大西洋条約機構)の脅威への「対抗」や「ロシア系住民の保護」を挙げました。また、ウクライナ東部地域の独立を一方的に承認して、「集団的自衛権の行使」とも強弁しています。
しかし、これらの東部地域はウクライナから攻撃を受けたわけでもなく、ロシア以外は独立を認めていません。どんな理屈を並べてもロシアの“自衛”は成り立たず、侵略であり正当化できない。私は日本の満州事変(1931年)を思い出しましたが、あらゆる戦争は"自衛"の名のもとに始まります。「戦争しない」と決めた憲法9条は、日本の過去の歴史に対する反省から生まれたものです。
緊張を生む軍事同盟
今回の出来事から私が感じたのは、地域に緊張をもたらす軍事同盟の危険性です。軍事同盟は仮想敵をつくり、相手の戦力を上回るために際限のない軍拡競争に発展してしまう。日本でも「核共有すべき」という政治家がいますが、その議論自体が緊張を呼ぶし、「核vs核」ではお互いが破滅に陥る危険もあります。むしろ地域に緊張を生まない努力こそ重要で、それは憲法9条が政府に求めている立場です。
昨年は核兵器禁止条約が発効しました。また、ロシアの即時撤退を求める国連総会決議には、加盟国の7割を超える141カ国が賛成。平和を求める国際世論と憲法9条を活かせる条件が、確実に広がっていると思います。
9条改憲のねらい
2018年、自民党は憲法9条に「9条の2」を加える改憲案を発表しました。彼らは「今ある自衛隊を書き込むだけ。何も変わらない」と説明します。果たして本当でしょうか。
例えば現在の憲法9条のもとでは、「自衛隊が戦力ではない」ことについて、政府は説明責任を負い続けます。ひとたび自衛隊が憲法上の存在になれば、そのような説明は一切不要です。
改憲案には「必要最小限」という言葉もありません。今でさえ軍事費(補正含む)は6兆円を超え、8年連続で過去最大を更新しています。憲法上の制約や歯止めがなくなれば、ますます軍拡が進むことは間違いありません。
また自民党が書き込もうとする自衛隊は、集団的自衛権や安保法制の任務を課された軍隊です。改憲案は自衛隊による海外での武力行使にお墨付きを与え、憲法9条の平和条項は死文化してしまいます。
「個人の尊厳」の意味
私は「家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等」などを規定する憲法24条を専門にしています。24条2項は、家庭に関する法律をつくる際のルールを決めた条文です。
家庭の中はDVや虐待など、暴力が起こりやすい現場です。夫と妻、親と子どもなど、支配/被支配の関係が生じやすい。憲法24条の「個人の尊厳」には、そのような暴力や差別を許さないという意味が込められています。
戦争という暴力をなくすとともに、日常生活で起こる暴力をなくさなければ本当の平和にはならない。私が憲法9条と24条をつなげて平和主義の観点から読むのは、そのような問題意識があるからです。
「戦争がない」というだけでは平和とは言えません。みんなが暴力や抑圧、差別や貧困などから解放されて、初めて本当の平和は実現できる。「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ」という憲法前文の精神が重要です。
憲法24条の役割
支配/被支配の関係を考慮すると、とりわけ弱い立場にある人の「個人の尊厳」を守らなければいけない。多くの場合、それは女性や子ども、高齢者や障害者など、社会の中で不利な立場に置かれやすい人たちです。
「個人の尊重」(憲法13条)という自己決定権を守るだけでは不十分です。弱い立場の小さな声を聴き取り、すくい上げる力が憲法24条にはあり、隣り合う25条と一緒になって“生存権”を守る役割を果たすのだと思います。
また憲法24条が想定する家庭は、お互いの人格を尊重し合い、非暴力な個人を育てる場です。力で支配するような為政者が出てきたら、「それはおかしい」とまっとうに声をあげられる。非暴力な個人こそが平和な社会をつくれるし、それはマイノリティーを含む全ての人にとって生きやすい社会になるはずです。
憲法を守るために
私は研究者として、憲法9条だけでなく24条の大切さを多くの方に理解してほしいと思います。抑圧や支配/被支配ではなく、どんな人も対等に尊厳が守られる社会をつくることは、憲法を活かす実践そのものです。
人権感覚も時代とともに更新されていきます。ジェンダーやマイノリティーの問題に関心を持つ若者も増えています。あとは「憲法を守りたい」という形で、お互いに学び合いながら手をつなげるかどうかです。
新聞や本を読む人は減っているので、ツイッターなどのSNSで発信することも重要です。動画などのインターネット配信ならば、「短時間で分かる」が絶対条件です。分かりやすい言葉で憲法を語り、憲法を守る仲間を増やしましょう。「個人の尊厳」が守られる社会へ向けて、身近なところから発信と実践をしていくことが大切だと思います。
いつでも元気 2022.5 No.366