どうなっている日本の医療
聞き手・武田 力(編集部)
コロナ禍で“医療崩壊”が叫ばれる日本。
なぜこのような事態になったのか?
外科医師でNPO法人「医療制度研究会」副理事長を務める本田宏さんに聞きました。
ポイント1 医療費亡国論
1983年に厚生省保険局長が「医療費亡国論」をぶち上げました。「高齢化による医療費増大で、国家が潰れるおそれがある」と国民に恐怖を与えたのです。それ以降、現在に至るまで医療費抑制が政府の至上命令になりました。
でも、私は厚生省(現在の厚労省)が率先して医療費を削るなんて「おかしいな」と思ったのです。 この疑問に答えてくれたのが故・高岡善人先生(長崎大学名誉教授)でした。「厚生省の役人が官僚の世界で“出世”するためには、大蔵省(財務省)や通産省(経産省)、財閥系大企業などのお仲間には逆らえない構図がある」と高岡先生は教えてくれたのです。
医療費亡国論の背景には、70年代末の石油ショックに伴う日本経済の落ち込みがあります。今回の政府のコロナ対応を見ても、財政や経済優先の姿勢がずっと尾を引いているように感じます。
ポイント2 医師数
医療費を抑制するために、政府は1985年から医学部定員を減らし始めました。日本の医療費は、医師の診察や手術、検査などのオーダーに点数がつく仕組みです。「医師を減らせば医療費は減る」という乱暴な理屈です。
その結果、日本の医師数はOECD平均より13万人も少なくなっています。コロナ禍において、感染症指定医療機関(408施設)のうち感染症専門医が勤務するのはわずか35%(144施設)。集中治療医も2500人以上足りません。
急ごしらえで病床を確保しても、医師や看護師がいなければ患者さんを治療できません。病床が稼働していないことを医療機関の怠慢であるかのように描く報道がありますが、まったく事実に反します。
ポイント3 社会的共通資本
「社会的共通資本」とは、経済学者の宇沢弘文先生が提唱した概念です。医療は道路や上下水道、消防や警察などと同じく、みんなの安心・安全を支える「社会の共通財産」です。
「最近は火事や交通事故が少ないから、消防や警察を減らそう」とはなりません。災害や感染症に備えるためにも医療は重要な社会的基盤です。
さらに強調したいのは、「医療を整備しなければ経済も回らない」というコロナ禍で得た教訓です。検査や病床などの医療体制を整備してこそ、感染対策と経済回復を両立できます。
医療機関は地域に雇用を生むし、その周辺は子育て世代から高齢者まで安心して暮らせるまちになります。医療機関は地域経済にとっても大切な資産なのです。
ポイント4 地域医療構想
政府は「地域医療構想」に基づき、2025年までに急性期病床などを16~20万床減らすという目標を掲げています。19年には厚労省が統廃合の対象となる公立・公的病院(424病院)のリストを発表。コロナ禍のもとでも、医療費抑制政策を見直しません。
東京都では、都立・公社病院(14病院)の独立行政法人化(民営化の第一歩)が強行されようとしています。みなさんは「赤字なら民営化されても仕方がない」と思いますか?
でも「医療は社会的共通資本」という認識のもと、海外では公的病院が主流なのです。公立・公的病院が2割しかない日本はむしろ例外です。
公立・公的病院はコロナ対応で主要な役割を果たしています。これは採算をとるのが難しい感染症のような分野にも力を注いできた歴史的経緯があるからです。医療を公的に提供できる環境や仕組みづくりこそ求められています。
ポイント5 医療は政治
私が危機感をもっているのは、コロナ収束後の未来が予想できるからです。「コロナ対応によって、また国の借金が膨らみました」と政府がキャンペーンを張り、さらなる医療費抑制の口実にする可能性です。
これまでも「国民医療費が過去最高」「社会保障費が歳出の3割超」などという報道を目にしたことがあると思います。でも「歳出の3割超」は一般会計に対しての割合で、特別会計を合わせると話が変わってきます。
さらに国民1人あたりの社会支出額を見ると、日本は先進国で最低です(図)。政府やマスコミが流す情報を鵜呑みにせず、正しい知識を一緒に学んでいきましょう。
病床数や医師数、診療報酬(医療機関に支払われる公定価格)など、医療に関わる事柄を決めているのは政治です。医療をよくするためには、政治をよくするしかありません。
1回ごとの選挙で一喜一憂してはダメですよ。幸福度が高い北欧などの福祉国家も、長い歴史をかけて制度をつくってきたのです。みんなで声をあげて、一歩ずつでも動かしていきましょう。
いつでも元気 2022.4 No.365